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自分達のまちは自分達で創る

足利青年会議所
足利青年会議所(桑山弘和理事長)の3月公開例会に参加してきました。
今回は、政治・経済評論家の池田健三郎氏をお招きした「自分おまちは自分でつくる」という講演会です。
話の内容は、私が日頃からブログで語っていることと大方重なっており、「子や孫にツケを回さないために」政治がどうあるべきか、そして有権者はどうあるべきかということをわかりやすく聞かせていただきました。
特に、これからの選挙は、「お願いから約束へ」と変わらなければならないという言葉は印象的でした。そして、これからはお任せ民主主義ではなく、マニフェストという”有権者との契約”を通じて主権者である国民が政治をコントロールする時代であるということを改めて認識することができました。

北関東自動車道太田インターチェンジ開通

北関東自動車道
所用があり、開通したばかりの北関東自動車道太田インターチェンジを利用して伊勢崎まで行ってきました。
いつもより、片道25分くらい短縮できたような感じです。
普段、足利ー伊勢崎線と群馬県桐生から先の旧50号はやたらと混雑していましたから、その緩和に効果がありそうです。
こういう道路なら、大賛成!です。

道州制(地方分権)と道路特定財源:2008年3月10日街頭演説

街頭演説

最近では、道路特定財源の問題が、最近はマスコミに取り上げられない日はありません。
また、今日の新聞報道では自民党の麻生太郎前幹事長が道州制の導入を提言されています。

その「道州制(地方分権)と道路特定財源」の問題から、見えてくるものがあります。

栃木県の足利市と群馬県の太田市。県は異なりますが、実際市庁舎から市庁舎までを測ればその距離は群馬県前橋市と高崎市の距離ほど遠くはないことがわかります。

しかしながら、道路の整備はとなると。。。
片や前橋市と高崎市の間は国道17号線が片側3車線(6車線)で通っています。
そして、足利市と太田市の間は国道407号線が片側1車線(2車線)で通っています。歩道も片側しかないところが結構あります。

なぜ、こんなことになるのでしょうか。
私は大きな理由のひとつに、「そこに県境があるから」とにらんでいます。
かつて県議会で仕事をしたときに、県はあくまでも県をまたぐ道路整備より、自分の県内の道路整備に力を寄せているという印象はぬぐうことはできませんでした。
実際、例えば栃木県でも宇都宮から岩舟町内の50号バイパスに通じる道は、見事に片側2車線の4車線で整備されているではありませんか。

過去を遡れば、明治4年7月14日の廃藩置県の際は、両毛地域は栃木県であったわけです。その後、明治6年6月15日に県の再編があり、国家権力によって両毛地域は寸断され今の栃木県と群馬県に分かれました。
仮に、明治4年のままであったなら、今のような国道407号線のようにはなっていたとは思えません。
これをわかりやすく下世話にいえば、以来両毛地域の方々は、県央地域の方々より、道路整備だけをみても損をしているということなのです。

だからこそ、寸断された歴史に終止符を打ち、もっと両毛地域を一体化させ有効な道路整備をするべきと考えます。
そのためには、歴史的な役割を終えた(麻生氏談)都道府県を廃止して道州制に移行し、歴史的にも地理的にも血縁的にもまとまった地域は、大くくりでひとつの自治体にする。そして地方のことは地方が決めるようにするのが一番です。

鹿島橋

例えば、この鹿島橋。
ご承知の通り、栃木県と群馬県をまたいでいます。
平日の朝はご覧のようにいつも北から南、つまり足利市側から太田市側に向かう通勤の車列で混雑しております。
この南には、開通した太田インターチェンジがひかえ、そこから50号バイパスをくぐり、旧50号に至るまでの国道122号から通称鹿島橋通りへの道を片側2車線(4車線化)にするのは喫緊の課題です。それはこの道路が足利市にとってインターチェンジへのアクセス道路になるわけで、とても重要な道路だからです。
この道路もまた県をまたいでいるということで、4車線化できないで手をこまねいているというのは政治に係るものとして忸怩たる思いがします(群馬県太田市としては、50号バイパスから北側の堤防に至るまでは優先順位が低く、逆に足利市側にとっては優先順位が高いわけで、そこに思惑の違いが生じてしまうのです)。
こうした不健全な状態をなくすためにも、両毛地域はひとつにするべきなのです。

だからといって、安易に道路特定財源の暫定税率をそのままの中途半端な状態にしていいとは私は思いません。
もっとわかりやすく、暫定税率の部分は一般財源化して、自治体の裁量を増やし、こうした必要な道路に集中して投資ができるようにすればいいのです。
道路特定財源にまつわる道路予算の無駄を削り、道州制によって地方分権を進め道路計画における地方の裁量が増えれば、道路建設も自ずとメリハリをつけられるわけですから、なんだかわけのわからない河川敷の工事にかけるより、そうしたところに注力できるような仕組みを是非作っていきたいものです。

入るを計って出ずるを制する:平成20年3月3日街頭演説

街頭演説
「入るを計って出ずるを制する」
今こそ大事な時代はないといえる言葉です。
入るを計るとは:
例えば、最近の道路特定財源。
一般に使途を決め付けて税をとるというのは好ましいことではありません。
この道路特定財源の特に暫定部分についてはなんと40年以上もの間ズルズルと規定扱いで続いてしまっていること。そしてその使途について様々な無駄使いが報告されていること。
こうしたことを鑑みれば、速やかに一般財源に移行させるべきでしょう。
そして時の政権が、時代の要請に応じて、使途を柔軟に決めればいいのです。
さらに昨日記しましたとおり、歳入を増やすことも重要です。
例えば足利でいえば、地場企業の新しいチャレンジをサポートするか、新しいビジネスを展開する人を育てるか、そういう企業を誘致するか、大勢の人を招き寄せる地域の魅力を醸成するしかありません。
出ずるを制するとは:
あれもこれもで大盤振る舞いができた時代ではなく、あれかこれかの取捨選択の時代になっているわけですから、政治家の考え方も変わらなければなりません。
過去の成功体験やこれまでのしがらみに囚われて政治家が変われないのであれば有権者がチェンジさせるしかありません。
改革という手術には多少の痛みは伴いますが、それを恐れていては病気は治らないし、新しい未来は開けません。
要するに、歳入を計り歳出を制しながら、子供や孫にツケを回さない工夫がまさに政治に求められているのです。

宮っこではなく宮っぽとは

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3年宇都宮に赴任されていた日経の記者が、栃木県を去るに当たり寄稿したコラムです。

「皆仲良しでワイワイ楽しむ時代ではない。栃木県には、おとなしいイメージのある宮っ子ではなく、反骨精神旺盛な強力に皆を引っ張る宮っぽたるリーダーが出てほしい」などと記しています。

どうも栃木県は全体に目立たない色がないというイメージがあるようです。
まあ政治家を見てもなんとなくそんな感じがしますが。

ただ、このままおとなしくしていては、生活がもたなくなってしまうのは必定です。
最近は、生活に密着している仕事をしている方々から異口同音に「仕事が甘い」「仕事がない」という話を聞きます。
この雰囲気、とても心配です。

そうした親の経営状況の厳しさを感じて、子供が後を継ぐはずがありません。
実際、跡継ぎがいないお店が軒を連ねているのが現状です。
子供たちは、他に就職先を求めて足利を離れてしまう。
仮に足利に職があったとしても、若い世帯に子供を養う余裕がないから、それが少子化に影響を与えてしまう。
それ以外の要因も重なって、結局人口が減るから、お金も回らず、景気が回復しない。
まさに悪循環。

もはや、昔の成功体験が通じない時代になりつつあります。
足利の場合も、地場企業の新しいチャレンジをサポートするか、新しいビジネスを展開する人を育てるか、そういう企業を誘致するか、大勢の人を招き寄せる地域の魅力を醸成するしかありません。
いずれにしろ、新しい力が必要なのです。
その意味でも記事にも書いてあったような、「出るくいは打つ」的な土壌の改良から始めなければならない。
そんな感想を持ちました。

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