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元足利市長の私が体験した「旧統一教会」の選挙妨害とその全手口(現代ビジネス寄稿)

敵に回すと恐ろしい存在

 衝撃的な事件から早、3週間余りが経過しようとしています。
 凶弾に倒れた安倍晋三元首相に対して哀悼の誠を捧げつつ、私は栃木県足利市の元市長として、この問題について語らないわけにはいかない。
 そういう思いで今回、筆をとりました。
 今、国会議員と統一教会の関係がにわかに注目を集めています。
 とりわけ反共産主義、保守政治家を自認する国会議員の多くが統一教会やその関係団体の支援を受けていたことが、赤裸々に報道されるようになっています。しかし、国会議員ばかりではありません。地方政治もまた統一教会の選挙活動に翻弄されてきたのです。
 統一教会のマインドコントロールによって、多くの若者が霊感商法をはじめとした収奪的な布教活動をさせられてきましたが、報道を見ても遠い世界の話のように感じられている人も多いかもしれません。
 しかし、統一教会はこれまで様々な批判をかいくぐり、大都市のみならず地方にも根を張り、一貫して活動の幅を広げてきたのです。
 例えば、私が住む足利市にも統一教会の関係施設とみられる施設が少なくとも2ヵ所は存在しており、それは全国の地方都市でも同様に広がっているはずです。統一教会による信者獲得攻勢や政治への浸透は、決して他人事ではありません。
 それを踏まえ、私の問題意識の一端をここに述べさせていただきます。

恐るべき選挙妨害

 私は学生時代から統一教会に反対する活動をしていました。
 当時、身近な者が一時的に統一教会に惑わされることがあり、以来、統一教会に注意を払うようになったのです。
 私が統一教会の本当の恐ろしさを実感したのは、いまから21年前のこと。2001年に足利市長選挙に立候補した時でした。まだオウム真理教の地下鉄サリン事件(1995年)の記憶が社会に鮮明に残っている時期でもあり、また、統一教会による合同結婚式や収奪的な霊感商法などが社会問題化し、新興宗教全般に逆風が吹いていました。
 足利市議だった私は、現職市長の急逝後の市長選に立候補しましたが、選挙戦は怪文書が全戸に配布されるほど荒れたものとなりました。
 そんな激しい選挙でしたが、統一教会にとって「反・統一教会」を公言する私が市長に当選することを阻止したかったのでしょう。
 選挙戦の最中、統一教会の関係者によって、私は「統一教会信者」というレッテルを貼られてしまったのです。
 選挙で最も大事な終盤になって統一教会系の「真の家庭運動推進栃木協議会 両毛支部」という団体の支部長が、私を名指しした上で「15年前頃に(大学生時代)統一教会の会員として活発な活動をされておられました」とネット上に書き込み、それが有権者に広がりました。
 統一教会への不信感は社会に根強く、「統一教会の会員」と名指しされた私は、この選挙で完敗しました。
 ところが、私が落選すると一転、その支部長が私に謝罪の意を示し、次のような謝罪広告を自発的に新聞各紙に掲載したのです。
〈私は、大豆生田実氏に対して左記のとおり謝罪します〉
〈私は、平成十三年五月十二日にインターネット上において、大豆生田氏が統一教会の会員として活動したことがあった旨を、統一教会関係者の当事者として摘示しました。しかし、その後に慎重に調査した結果、かかる事実は全く無いことが判明しましたので、ここに正式に訂正いたします〉
〈この度のことにより、大豆生田氏の政治的信用が傷つかないことを願います〉
 統一教会は選挙となれば手段を択ばない―。
 敵対する候補のダメージとなるならば、自虐的なニセ情報を流すこともいとわないのか、当時、私はそう感じました。
 候補者として支援者からの支持を失うダメージはもとより、政治家にとって統一教会を敵に回すことが、如何に恐ろしいことなのか、お分かりいただけることでしょう。

 しかし、選挙戦における情報戦だけが恐ろしいのではありません。
 昨今、報道で指摘されているように保守系国会議員の秘書として多くの信者を送り込んでおり、最盛期には3ケタの数を超えていたとの情報もあるほどです。
 私が懇意にしている大臣経験者の事務所を訪れた際には、その書棚に統一教会の聖書とも言うべき「原理講論」が堂々と置かれているのには驚かされました。
 「なぜ、こんな本があるのか」と問いただす私に、大臣経験者は「かつて秘書をしていた者が置いていったんだよ。よくできる秘書だった」と悪びれる様子もなく語っていました。

マインドコントロールを解くのは難しい

 ことほど左様に統一教会は日本の保守政治家に浸透しているのです。
 さかのぼれば1968年、韓国生まれの統一教会は反共産主義を掲げる政治活動団体「国際勝共連合」を設立しました。その際に安倍元首相の祖父であり、日韓国交交渉を進めた岸信介元首相と親交を深めたことはよく知られています。
 保守主義を掲げる政治家からすれば、反共産主義を掲げるだけで、統一教会による無償の支援が受けられます。
 一方で、選挙の支援欲しさに、統一教会の「韓国は神の国であり、日本は悪(サタン)の国である」との教えや「霊感商法などで集めた日本のお金を韓国に送るのは善である」という異様な思想に、彼らは目を向けようとはしませんでした。

 2006年6月には安倍晋三官房長官(当時)が統一教会系団体の集会に祝電を送っていたことを知り、私は自身のブログで懸念を表明したこともありました。危機感を抱く信者の家族や弁護士たちも同様に声を上げましたが、結局、国家の中枢には届きませんでした。
 私は反統一教会を掲げるキリスト教の牧師や霊感商法被害者弁護団の脱会活動に触れる機会もありました。
 そこでわかったことは、一旦はまってしまったマインドコントロールを解くことは非常に難しいということです。
 安倍氏を銃撃した山上徹也容疑者の母は、事件後に安倍氏やその家族に対して謝罪するのではなく、「統一教会に申し訳ない」と語っているということ自体がその難しさを雄弁に物語っています。
 それ故に、統一教会の信者を説得し完全な脱会に導ける人は極めて少ないというのが実情です。
 そして今も日本のどこかで、純粋で真面目な若者が、人生に思い悩んだ心のスキを狙われて統一教会にマインドコントロールされ収奪的な献金をさせられているかと思うと、大いなる義憤を感じずにはいられません。

 保守改革派を自認している私から言わせていただくならば、保守の核心は愛国心(patriotism)だと思います。
 だからこそ、統一教会の支援欲しさにその違法性に目を向けない保守政治家たちに問いたいのです。
 北朝鮮による拉致の解決に向けて国を挙げて全力で取り組むことは国家として当然ですが、それと同じレベルで統一教会が行ってきた「マインドコントロールによるもうひとつの拉致」の問題にも全力で向き合い、政治家としての矜持を示すべきではないでしょうか、と。
 結びに、統一教会に大いなる問題意識を持っている者として、いくつかの提言をしておきたいと思います。

宗教法人法の改正を

 最近、立憲民主党が霊感商法や消費者被害への対策を主眼として調査・検証を目的に対策本部を設けると言っています。しかし、消費者問題にとどめるのではなく、統一教会が大手を振って活動できる土壌を整えてしまっている日本の政治環境や法制度の問題に切り込むべきです。
 もちろん憲法20条の「信教の自由と政教分離」に異論をはさむ余地はありません。しかしながらその解釈として、信教の自由には、信じる自由だけでなく、信仰を変える自由や信じ込まされない自由もあると捉えるべきです。
 統一教会のやり口は、信仰を変える自由や信じ込まされない自由を侵しているのであり、こうした視点は憲法改正に向けても十分な論点となり得ます。
 また霊感商法に代表される統一教会の違法な経済活動に対しては、民間企業と同レベルの課税をするなど、宗教法人法の改正を視野に入れるべきでしょう。
 さらに、仮に加害者が末端の信者であっても組織的に不法行為を繰り返す統一教会に対しては、その認証を取り消すことができる反セクト法の制定も検討に入れるべきだと思います。

なぜ統一教会による被害がなくならないのか

 古くは親泣かせの原理運動として社会問題化し、さらには合同結婚式や霊感商法など、統一教会による被害はたびたび取りざたされてきました。
 しかしながら、その被害がいまだになくならないのは、なぜでしょうか。  ひとつは政治の不作為といえるでしょうが、地域コミュニティの崩壊も要因の一つにあると思います。中心商店街が衰退し、小学校は統廃合され、それを軸として成立していた地域コミュニティが希薄になり、「隣は何をする人ぞ」のような状況があちらこちらに広がってしまっています。
 哲学者カントは「人は人によりて人となる」と語ったそうですが、その「人」が間違った道に進まないようにするためには、まずは家族の存在が何より大きいし、それと合わせて地域の役割が見直されていいのではないでしょうか。
 自助、共助と公助が機能するかつてあった地域のコミュニケーション力を高める努力を政治家は怠ってはならないと思います。
 そして、脱会した元信者を受け入れる包容力もまた地域には必要です。なぜなら、世間に対する加害者的な部分の反省も含めて、普通でない経験をしてきた彼らには人一倍の人間力が培われており、将来必ずや日本の力になると私は確信しているからです。
 ただすべきは、彼らを利用し、搾取し続けている統一教会の指導者たちなのですから。