なんと家賃収入1億2千万円余!競馬場跡地への調剤薬局設置

全てはここから始まりました。
市長選前に行われた平成21年4月16日の公開討論会。
私は、その席で競馬場跡地に足利赤十字病院が移転することになったのを受け、「競馬場跡地内に新しくできる日赤のそばに調剤薬局があったほうがいい。なぜ市はそれをやろうとしないのか!」そう訴えました。

理由は、申し上げるまでもなく「患者さんの利便性のため」ひいては「市民のため」です。

競馬場跡地への調剤薬局設置図
当初計画の競馬場跡地図
私が就任する前の市の方針として、「競馬場跡地に日赤の誘致はするが調剤薬局が入居できる建物は用意しない」としておりました。
国の指針では医療機関と調剤薬局は公道で分離されていなければならないとされています。
競馬場跡地の敷地は市の所有で一筆になっていますし、北から南へ貫く道路は高低差があって物理的に難しいので、日赤と調剤薬局を分断する形で公道を設置することができないと判断をしたようです。また国から「まちづくり交付金」を頂いていることも、市が直接収益を上げるようなことはひかえたほうがいいという考え方に傾いた一因だったとも聞きました。

しかしながらその方針でいきますと、日赤に通う患者さんは処方箋を薬にするために、旧50号の北側の調剤薬局まで行かなければならないことになります。
旧50号は足利市の幹線道路ですから、車の往来が激しい道路です。そこを容態の悪い患者さんが夏の暑い日や冬の寒い日に横断歩道を渡ってさらに戻るなんていうことを想像しますとぞっとします。

●公道認定
要するに競馬場跡地内に公道が設計できるか否かが競馬場跡地内への薬局設置に向けた最大の障壁でした。
それをなんとかクリアする方法はないものか、国から”まちづくり交付金”を頂いているからと言って地方主権の時代に遠慮する必要はないと職員にもはっぱをかけて、それこそ連日連夜真剣に検討を重ねました。

あれはどうだろうこれはどうだろうとアイデアを出し合い数ヶ月が経った9月に私が、
「公園利用者からの駐車場の増設要望もきていることだし、ここに公園利用者のための駐車場を作ったらどうだろう。それならそこまでのアクセス道路は公道認定できるのではないか。結果として競馬場の跡地内に調剤薬局をつくることが可能になる」
と思いつきました。職員も、
「市長、それは筋のいいアイデアです。それなら公道認定できます」
と前向きなリアクション。
「よし、これでいこう!」
まさにコロンブスの卵。どんよりしていた雲が一気に晴れ渡ったかのように、ここからこのプロジェクトは急速に進展をみることになります。

●日赤とのボタンの掛け違い
この調剤薬局構想を進めるには、日赤にお貸しした土地のレイアウト変更をする必要があります。
そのためには日赤の承諾が必要なわけですが、ここでも多少の紆余曲折がありました。
院長先生とお会いして、調剤薬局の件の打ち合わせをする段になって、どうも過去に随分とボタンの掛け違いがあったようで日赤側の足利市への不信感は相当強いものがありました。
ただ今回市政も政権が変わったのを契機に、これから日赤とさらに良好な関係を構築するために、私も積極的に院長先生と何度か会談を重ね信頼関係を構築してきました。そして今回の競馬場跡地内への調剤薬局設置の件に関して、市が日赤に貸し出した土地の形状を変更させていただく必要があるということをよく説明し、日赤側から了解をいただきました。

●厚労省と栃木県の薬務課への事前相談
また、今回の足利市の薬局設置案が、法と照らし合わせて問題がないかということも当然のことながら踏まえておかなければなりません。
従いまして、厚労省にもそして栃木県に対しましてもこの件について見解を伺う必要がありましたので、事前相談も行いました。
ポイントは、日赤と調剤薬局の経営が一体であってはならないということと、それぞれが公道で区切られてなければならないということの2点です。
今回の我々の案はいずれもその原則を満たしていますので、厚労省も栃木県も足利市の競馬場跡地に調剤薬局を設置できない理由は見受けられないという見解を内々で示してくださいました。

我々としても一安心。これで調剤薬局の設置に関する法的なハードルは乗り越えたことになります。
調剤薬局完成予想図

これ以降は議会との折衝が中心となりますので以下に備忘録風にこれまで貯めおいてきたものを時系列で箇条書きに記します。

2009年11月11日:
調剤薬局設置に関する基本方針をまとめる。
調剤薬局施設は行政財産。
当初は、建物の位置づけを普通財産としようと考えていが、基本的に行政上の目的として使用されるものなので行政財産として位置づけることとした。

11月12日:
競馬場跡地への調剤薬局設置の方針決定について議会内各会派への説明を終える。一部議員より異論が続出。

11月19日:
この件に関して、私の訪米中にS新聞が全員協議会の前にこの調剤薬局の件をすっぱ抜いて報道。困惑。

11月24日:
全員協議会で正式に議会に説明。一部議員より異論が続出。
2009年11月30日両毛新聞記事

12月3日:
虫の知らせか、思うところがあって栃木県の薬剤師会会長に電話。
会長には事前に競馬場跡地に調剤薬局が入居できるスペースを足利市として用意するという趣旨を説明し基本的に了解をいただいていたが、その再確認をしようと急に思い立った。
そして、案の定というか、私の心配は杞憂に終わらなかった。
会長はなんと、
「いや、昨日その調剤薬局に関して県薬剤師会として設置反対の請願を出すために、原稿を足利の薬剤師会の会長に送ったところだよ」
と言われた。
話が違う!どうなっているんだ?そんなことが頭をよぎり、
「ちょっと待ってください」
「だって市長、既に予定されている4件というのは市長の関係者で全部決まっているという話じゃないか。そんなことを認めるわけにいかないよ。議会への説明も十分にされずに新聞にリークして報道するものよくない」
「誰からそんな話を聞かれたのですか、ぜんぜん話が違います」
よくよくその情報源を確認すると、ある政治関係者が事実無根の話をでっちあげて県の薬剤師会の会長に話していたというのがわかった。
その後、公募入札なので既に業者が決まっているなんてことはありえないということ、そして議会に説明する前にマスコミにリークするなんて、かえって余計な混乱を招くことを我々がするはずがないということを誠実に申し上げ、私の考え方を改めてご理解いただいた。
また、そもそもその請願書はどんな内容なのかと思い、足利の薬剤師会の会長に確認すると、請願のあて先は足利市議会となっており、その内容も誤解に基づくものであった。
それまでに得られた情報を総合すると、今回の騒動はどうもこの案件に反対している政治関係者が、つてをたどって県の薬剤師会の会長を動かして騒ぎたてたようだ。
しかも虚偽の情報でアジテートしながら。
その夜早速、副市長に連絡し、夜な夜なむさくるしい男が2人デニーズで落ち合い、パフェを食べながら密談さながらに善後策を協議するはめになった。

そして翌日、県の薬剤師会の専務理事、事務局長にお会いする約束をし、後日説明に上がって市の考え方を改めてよく説明させていただき、ご理解を頂く事が出来た。
それにしても、昨日県の会長に電話をしなかったらこの誤解に基づく請願は日の目を見てしまったはずだ。
いやはや。
なんとも言いようのないものを感じる。

12月7日
一般質問。
競馬場跡地への調剤薬局整備計画に対する一般質問がある。
地元のY議員は
「現在の足利赤十字病院の院外処方箋の数と進出を予定している薬局の数から単純に考えますと、仮に7軒も薬局ができるとなれば、周辺の薬局は何軒かはつぶれることは明らかです。土地の賃貸借で困るお宅とともに、跡地東側の誘致の見通しがつかない中で大変心配しております」
と述べられた。
こんな露骨に私的な都合を議会で発言してしまうなんて、ある面勇気ある政治行動だ。究極の利己主義とも言える。
とにもかくにも絶対反対だという意思だけは伝わってきた。
当然のことながら私は別に五十部地区の私有地に調剤薬局をつくることを条例で規制しようとしているわけではない。
なぜ、患者さんのためにもなり、日赤も理解し、医師会・歯科医師会も賛成してくださり、市の収入増にもつながる案件を反対するのか?この発言を踏まえれば、その答えがわかった気がしている。

この日の夜には、三重地区の地元自治会長への説明会。競馬場跡地のお膝元の自治会長からは反対の声があった。

12月9日
足利薬剤師会役員向け説明会。
基本的な考え方は理解していただけた。後日、足利市薬剤師会の会員全員を対象にした説明会を開催することに。

12月13日
調剤薬局の件、後援会の方へ説明。
支援者(市民)の皆様に本件の重要性(市民のためになり、医療関係者のためにもなり、市のためにもなる)を直接お伝えする。
調剤薬局の件、後援会の方へ説明

12月21日
足利市議会競馬場跡地検討特別委員会が自治医大と県薬剤師会へ視察。

12月22日
県薬剤師会会長へ訪問。
後日薬剤師会として要望書を提出するが、足利市の計画について基本的に了承いただけた。

12月23日
地元三重地区説明会を2部構成で開催。
反対を表明する方もいたが、会場の全体の雰囲気としては、賛成が多かった。
2009年12月25日両毛新聞記事

12月28日
足利市議会特別委員会で三重地区説明会の結果を報告。
参考人として、日赤院長、前市長、県関係職員を招聘する提案がY議員よりあり、後ほど開かれた理事会でそれが承認される。

2010年1月1日号あしかがみにて、市民全体への説明会を開催する旨公示。

1月5日
足利市薬剤師会所属の会員向け説明会開催。基本的な方向性は了解いただく。

1月6日と8日付けで2種類の怪文書がまかれる。
こんなくだらないことをするなんて誠に残念。差出人は不明だがこういう足利の政治体質を変えなければと痛感。

1月8日9日
2日間に渡って市民全体を対象にした説明会を市民会館と市民プラザでそれぞれ開催。
率直に言って、ほとんど賛成意見であった。

1月12日
足利市議会競馬場跡地活用調査特別委員会で市民説明会の報告。
次回の特別委員会を18日に開催することにし、参考人をその時に招聘するとしていたが、対象者からいずれも断られ文書によるやりとりのみとなるそうだ。

1月13日
臨時議会文書通告。
20日臨時議会開催を中山議長にお願いする。
足利市医師会役員への説明会開催。基本的な方向性は了解いただく。

1月18日
競馬場跡地活用調査特別委員会。
結局参考人招致は実現せず、それぞれの方から文書で回答をいただくことに。
また急遽副市長ら関係職員が呼ばれるが、都合がつかず翌日に再度開催されることに。
夜は歯科医師会への説明会。基本的な方向性は了解いただく。

1月19日
競馬場跡地活用調査特別委員会。
副市長ら関係職員が委員会に呼ばれ、これまでの経緯等を改めて説明。

1月20日
市議会臨時議会。
競馬場跡地への調剤薬局に関する建物の実施設計及び地質調査に関する補正予算案を審議いただき、13対11で可決!
これをもって、実質的に私が訴えてきた競馬場跡地への調剤薬局の設置が承認された。
賛成いただいた議員の皆様には本当に感謝。

2月14日
新聞折り込みが反対した9人の市議会議員の連名でなされる。
内容は、先の臨時議会で可決された調剤薬局に関して異議を唱えるもの。すでに決まったことなのに何を今さらという感じだ。

3月24日
3月議会最終日。
調剤薬局の設置に関連する予算が含まれた来年度の予算審議をいただき、14対12で可決。
予算案の反対討論では
「この問題については、既に平成22年1月20日の第一回市議会臨時議会において、調剤薬局等にかかわる設計費については議決にて決定をいたしておることは私は承知いたしておりますが、この際、私は本予算に計上され、着工する予定であることを十分に理解しておりますが、私の信念といたしまして、調剤薬局を行政の手にて設置する事業を行うということは、断じてあるべきものではないと考えており、市長の提案とは相入れる事ができず、是々非々という立場において反対するものであります」
と表明する議員までいた。
これは1月の臨時議会で決まったことであり、既に事業が動き出しているにもかかわらずそれを覆そうという立ち居振る舞いはもはや理解不能。
まさにいやはやだが、おかげさまで議会制民主主義とはどういうことなのか、またどう尊重されなければならないのかということを身をもって学ばせていただく良い機会ともなった。

6月22日市議会全員協議会
公募入札の方法など調剤薬局の設置に関する基本的な方針について議会に説明。
ポイントは、2つ。
ひとつは、「4つの区画の内、市内本社枠をいくつ設けるか」ということ。過日、市議会からも市内本社企業の受注機会の拡大の要望があげられていることを踏まえ、2区画を市内本社枠、残りの2区画を市内本社・支店枠とした。
もうひとつは、賃貸期間。
保険調剤薬局の認可期間が6年であること。そして民間の賃貸借の契約期間が民法上20年であること。さらに内装や設備投資は業者負担であることからそれなりの年数を設け安定的に経営をしていただく必要があること(頻繁に業者が入れ替わってもよくない)から一期間6年で最大2回更新、つまり最大で18年まで(区画によってはそれより若干短くなる)とさせていただいた。
一部議員の反対あり。

7月6日
足利市薬剤師会役員説明会。

7月13日
足利市医師会理事説明会。

7月23日
足利市歯科医師会役員説明会。

9月22日
9月議会最終日。
日赤への財産の無償貸付のレイアウト変更及び足利市市民薬局条例に関して審議いただき、名称に関して足利市薬局設置条例と変更する修正案が提案され全会一致で可決。6月22日の全員協議会で説明した内容で承認いただけた。
これにより、調剤薬局に関する一連の議案は全て可決成立したので、来年7月のオープンに向け行政としての残された大きな仕事は入札のみとなる。

10月15日
あしかがみにて調剤薬局公募要綱の公示。募集開始。

12月15日
調剤薬局公募入札実施。16社が入札に参加。
驚くべき結果がでた。
なんと4店舗合計で年間1億2千7百万円余!の賃貸収入が足利に入ることになった。
2010年12月25日両毛新聞記事

1月21日
1号区画を落札した業者が、会社の都合により辞退を申し出る。
大変遺憾ながら承る。
規定により、次点繰り上げの手続きをする。
賃料は、年間約1億2千2百万円に修正。
以上

これで2011年7月1日の足利赤十字病院の開院に合わせた調剤薬局の開局に関する行政レベルでの準備が大方完了しました。
家賃はなんと年間1億2千万円余!
おかげさまで患者さんにとっても、日赤をはじめとした医療関係者の方にとっても、また足利市にとっても有益となる「三方よし」の改革ができました。
この事業を推進するに当たり、賛成くださった議員の皆様、激励やご助言をくださった多くの皆様そして松澤副市長・武井担当監をはじめとする市職員の皆様にこの場をお借りして心より御礼申し上げます。
なお、この収入は市の貴重な財源として今後市民のために有効に活用して参ります。

コメント

調剤薬局開局決定までの経緯を、初めて詳しく知ることができました。市長はじめブレーンの皆様の努力に感謝と敬意を表します。
それにしても、いつも怪文書の流出、公の議員の私的な行動には心から怒りを覚えます。一部の県市議会議員のレベルの低さは、ときどき噂には聞きますが、市民としてやりきれないものがあります。本当に議員個人の利益だけでなく、公人として活動してくださる方に議員になっていただきたいです。どうしたらそうなるのでしょう?

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