第一回全国論語素読の集い

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本日、盛大に第一回全国論語素読の集いを開催することができました。
ご講演くださった須永美知夫先生はじめ関係者の方々に厚く御礼申し上げます。
そして、遠くは沖縄からお越しくださった真栄田さまはじめ参加された皆様方、本当にありがとうございました。
また、この足利学校での素読大会を提案された足利のまちづくり団体「ASP」の皆様方にも改めて感謝申し上げます。
須永先生の、
1、論語の素読は足利学校ではおそらく行われていなかったであろう。そういう段階を経た学徒が足利学校に集まっていたと推察している。そういう意味で足利学校には論語が普及していた。
2、江戸時代には、論語は寺子屋ではなくむしろ藩校で学ばれていただろう。
3、足利学校を再建した上杉憲実の「教育方針」にある教材は論語をはじめとした中国の古典のみが採用されている。
といった指摘は大変興味深く拝聴しました。

【追記】
読売新聞記事 2010.4.15
読売新聞記事 20100415

足銀問題:2008年2月25日街頭演説

街頭演説
足銀問題がそろそろ決着しそうです。
いわゆる地銀連合になるのか、野村連合になるのか。
競争入札ですから、通常はその価格以外の要因は考えられません。
従って、入札価格で単純にいけば、地銀連合ということになります。

地銀連合が、足銀の経営に大きな影響を及ぼすということは、先行きどのようなことが想定されるでしょうか。
1、地銀の再編が加速する
例えば地銀連合には郡銀も参加しています。
その郡銀と足銀は北関東でしのぎを削ってきたわけですが、それがある日突然郡銀が足銀の大株主になってしまうわけです。
郡銀の経営者であれば、足銀を飲み込んでしまえということを考えないはずがありません。

2、中小企業への影響
これを私は心配します。
買収された足銀は貸し出し資産の査定をさらに厳格にしてくるでしょうから、足銀以外の地銀・信金に融資の依頼も出てくるでしょう。しなしながら、県内各信金の経営状況も内実は厳しいものがあります。
結果として、地場の中小企業の資金繰りに関して影響が出はしないかと懸念しております。
もちろん、経営者の自助努力も必要ですが、その自助努力を正当にサポートしていただける金融機関側のガバナンスも大事です。
10年前の足銀はそのガバナンスが機能せず、昨日記した論語の言葉を借りれば「株主の欲せざるところ、株主に施すことなかれ」なのでしょうから、他の地銀・信金を含めて、よくその点をお考えいただきたいものです。

そもそも人間社会において、「己の欲せざるところ人に施すことなかれ」という言葉は極めて含蓄のある言葉であり、政治に置き換えれば、「市民の欲せざるところ市民に押し付けることなかれ」と読めます。
今行われている政治全般を、この言葉に置き換えて考え直してみる、今週はそんな週にしたいと思います。

論語素読

子貢問いて曰く、一言にして、以って終身之を行うべき者有りやと。
子曰く、其れ恕か。
己の欲せざる所は、人に施すこと勿れと。

昨日は論語の素読会でこの言葉を学びました。
要約しますと
「弟子の子貢は、孔子に質問した。一生の指針となる言葉をひと言でいうと何でしょうか?
孔子は次のように答えた。それは恕だ。自分のしてほしくないことは、人にするなという意味だ」

“恕”を辞書で引きますと、「
他人の立場や心情を察すること。また、その気持ち。思いやり」と出ていますが、「己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ」といった方がはるかにわかりやすいですね。

一見、恕と怒は間違えそうですが、又が口になっただけで全然違う意味となります。
漢字とは奥が深い面白い言葉です。