選択の自由が幅広く保障されている社会、がんばった人が報われる社会、子供にツケを回さない社会、そして利他の精神を尊べる社会を目指して、大豆生田実は行動しています。

10、男女共同参画社会を目指して(2005年)

- 文字通り男女が共同して参画できる社会を! -
私は自分自身内省したときに3児の父親としてまた夫として相応の働きができているかといえば妻から評価されるほどのことはできていないと認めざるを得ません。
夜は遅く、休みの日も家を留守にすることが多いというのが政治活動を始めて以来変わらぬ現状だからです。
布団の上げ下げや掃除そして子供のお風呂など家にいるときはできるだけ心がけていますが、どうやら合格点には達していないようです。
そんな男が、男女共同参画社会を語る資格があるのかどうか疑わしい限りですが、ひとまず自分のことは置かせていただいて、パブリックな面での共同参画社会について駄文を弄したいと思います。
以前にも記しましたように政府予想をはるかに上回るスピードで少子高齢社会が進展しております。そうした中で、女性の果たすべき社会的な役割はますます重要になってきています。少子にしない社会のあり方や高齢社会に伴う福祉のあり方を考える上で女性の視点は欠かせません。男性には気づかない女性ならではの視点というのがあるからです。
申し上げるまでもなく有権者の過半数を握っているのが女性です。元来、その方々の意見はもっと政治に反映されていいはずです。
その意味で女性の政治家がもっと輩出されていかなければなりませんし、また行政の管理職や各種審議委員も女性の割合を大幅に増やすべきと思います。また場合によっては女性の割合を予め定めるクオータ制(割り当て制)を導入してもいいのではないかとさえ思います。

9、消防(2005年)

●5分の1が放火
県の消防防災課のまとめでは、平成15年に県内で発生した火災の件数は1081件で、うち「放火」が162件で、過去10年間で初めて出火原因の1位になりました。さらに「放火の疑い」も77件あり、二つ合わせると全体のほぼ5分の1(20%)となります。
また足利市では状況はもっと深刻で平成15年の火災発生件数は91件、その中で「放火」が19件、「放火の疑い」が16件となっており、二つ合わせますと全体の38.4%に上ります。さらに本市の場合、「放火」および「放火の疑い」が平成11年から常に出火原因のトップということで、由々しき状況が続いているといわざるを得ません。
また、足利の場合、森林火災も増えています。しかもハイカーのタバコによる出火ではない放火の疑いが濃厚なものが増えているのです。まったく不届きなものが世の中にいるものです。
もちろん、平成16年3月9日に発生した松田川ダム付近の山火事に対応を見るまでもなく消防署員や消防分団の皆様方の日頃の献身的な消防活動に対する取り組みはすばらしいものがあり、その総合的な能力は高く評価します。
そうした取り組みにも関わらず、「放火」が増えているのですから内心忸怩たる思いを持つのは消防関係者の方々だけでなく我々も同じであります。
問題は、その対策をどう講じるかということになるわけですが、ひとことで言えば「放火されない環境づくり」を市民挙げて心がけていくしかありません。具体的には
1.雑誌や新聞など可燃物を放置しない
2.夜間のゴミ出しをしない
3.玄関などに対人センサー照明を設置する
などの地味な対策を個々人が徹底して行っていくことが大事です。
また、消防職員や消防団そして婦人防火クラブや少年消防クラブなどの方々の日頃からの防災に関する啓発活動などを通じて、そうした意識を広く浸透させていくことも重要です。
過日、全国少年消防クラブ運営指導協議会主催の「少年少女消防クラブフレンドシップ2004」表彰式が開催され、協和中学校の少年消防クラブが「特に優良な少年消防クラブ」に選ばれました。
この少年消防クラブは、全国に約6000団体あり、約47万人が加盟しています。その中で特に優良とされた13のクラブのひとつとして選ばれたということは大変誇らしいことであります。協和中の少年消防クラブでは、冬場のストーブの管理や避難訓練の際の消火器実演を行ったり、消防設備の製造工場見学などの取り組みや研究発表などの内容が市内外から高く評価されたものであります。
まさに放火対策とは見えない敵を相手に戦を挑むようなもので、対処の仕様がないわけですが、唯一あるとすれば、「放火犯に隙を見せずに、まちをきれいにして、消防関係者と協力して地域の意識付けを醸成していくこと」しかありませんので、こうした地道な活動が、必ずや足利市としての不本意な火災発生件数の減少につながるものと確信します。

8、農業施策(2005年)

(1)とちおとめ
●とちおとめは足利から
いまやわが国のいちごの代名詞となった「とちおとめ」。
この栃木のいちごの先駆者は足利の人だということはあまり知られていません。
その方は、仁井田一郎さんといいまして、戦後の混乱期に静岡県のいちご生産農家から苗を購入して、広められたそうです。当時は静岡と比べて比較的気温が低い栃木県で、いちご栽培ができるのか随分と疑問視されたようですが、努力に努力を重ねた結果、見事に結実させました。
そして今や栃木県は全国一のいちご産出県となっています。
こうした成功例は、これからの農業を考える上で極めて重要です。
●「とちおとめ」を海外に
また、日本からの農産物の輸出で大成功を収めているものもあります。栃木県内では、湯津上村産のなし「にっこり」が中国・香港に輸出され、毎回完売の売れ行きだそうです。
これまでの日本産の農産物は高くてとても外国産の農産物には太刀打ちできないという固定観念は捨て去るべき時代がきたのかもしれません。
ではなぜ売れるのでしょうか?
日本産は味がいいということと、中国の中でも香港や沿岸地域には高所得者が増えてきて、品質にこだわる消費者が増えてきたということが、その背景にあります。
従いまして、「とちおとめ」にも既に道が開けているように思えます。
「にっこり」と同様に大成功を収める余地は大いにあります。
足利市の園芸農業の切り札として、所得補償制度を導入した上で、私は海外展開の可能性を農業施策として展開したいと考えます。
(2)食料自給率の向上を
わが国の食料自給率は40%に過ぎませんが、現実にこれで国の安心が担保できるはずがないのであります。欧米先進国では、ほぼ100%の自給率を確保しています。
ですから天候不順によるによる不作、海外貿易での需給関係の悪化、食料輸入の滞りなどの不測要因が生じれば、国内の食糧事情は大混乱に陥ります。
従って、国民の生命を守るために、米一辺倒ではなく、消費者の食のニーズに合わせた農産物生産への転換と農地の有効活用をはかり食料自給率の向上に取り組まなければならないのは当然です。
足利市もそうした観点にたって、緊急時に増産ができるような体制の整備をどうすればいいか。県などとも協議をしながら検討を重ねておく必要があると思います。

7、教育施策(2005年)

(1)不登校と複線化の教育路線
わが国の不登校の推移を見てみますと、91年度に小学・中学あわせて66,817人であったのが、2000年度には134,286人と倍以上増えています。この数字をどのように受け止めればいいのでしょうか。
ところで昨年、不登校を取り上げた「あかね色の空を見たよ」という映画の上映をきっかけにして、本市に不登校などの教育問題を考える市民グループ「ネットワークあかね」が誕生しました。
先日、その会の主宰による不登校問題を考える懇談会が旧東小で行われました。
一番関心をひいたのは、実際に不登校だった人の実体験の話です。
ひとりの人は、いじめなどが原因で、小学校の時から不登校に。さらに中学校でも不登校に。現在は大学の通信講座で勉強中。
またひとりの人は、学校にいかないことを親や親戚になじられ、そのことを思い出して涙を流しながらつらい思い出を話していました。
そしてもうひとりの人は、無口で「中学1年生から3年生まで学校に行っていませんでした、以上」というだけ。その言葉の裏に、それ以上語りたくはないものが内包されているように感じられました。その後の質問にも「あまり覚えてない」を連発。しかし、同行した定時制の先生によれば、彼は不言実行型タイプで、行動力は抜群だそうで、「あかね色・・」の上映には献身的な活躍をしているとのことでした。
そして4人目の方は、小学校6年生で交通事故に遭い、左半身まひに。そのことで、同級生からバカにされ不登校に。現在は定時制高校に通学中。
この人たちの自分の体験を告白する勇気には、感動しました。
またこの国の教育制度がいかに問題をはらんでいたか、考えざるをえません。
●細い単線のレール
戦後一貫して小学校、中学校、高校、大学、企業と決められたコースを進むのが「いい人生」だといわれて、子供たちは細い単線のレールだけを歩かされてきました。
一方で、子供たちから見れば、それが本当に幸せなことなのかと自分が歩むべき道なのかと疑問を感じても不思議ではないし、それが理由で不登校になるというのも十分にありえる話です。もちろん“いじめ”が理由で不登校になった人もいるでしょう。
いずれにしろどのような理由であれ、決められた単線のレールだけの価値観ではなく、いろいろな人生の選択肢が多く用意されている複線、複々線の航路があったほうがいいし、そうした選択の機会を用意する必要があると思います。これはアメリカで証明済みなことです。また、そうすることによって不登校の生徒の受け皿もより充実したものになるのです。
例えば、その枠に入りきれない生徒が学べる学校(これは塾であってもいいはず)の整備や授業科目の選択ができる仕組みをもっと充実させるべきです。
●昔の偉人には、不登校が多かった?
ニュートンは自閉症だったそうですし、エジソンは学校にほとんど行かなかったという話は有名ですが、小さい頃、そうした経歴をたどっている著名人は数多くいます。
そういう人たちのたどった人生をみれば、むしろ「不登校になった生徒の方がいろんな可能性に満ちている」ともいえるわけです。
別に不登校を奨励しているわけではありませんが、このことは彼らにとっての勇気になるのではないかと思います。
●受けとめる社会の問題
また、そうした不登校の現実を受け止める社会の側の問題も大きいのではないでしょうか。
話を聞きますと、不登校の子を色眼鏡でみて、ますます殻に閉じ込めてしまう様な傾向が、近親者はじめ社会全体の傾向としてあるようです。変っていることは個性であり、ひとつの自己主張であるという視点から、常識から逸脱していない限り許容できる意識付けが社会全体に求められているのではないかとも感じました。
そのニュートンは18歳のとき知能レベルは8歳程度しかなかったそうですが、ある時星占いの本と出合い、それにのめり込むうちに才能が開花したそうです。ニュートンは自閉症だからダメだと社会が排除していたら、今日の文明はこれほど発展しなかったでしょう。また、身近なことでいえば、例えば美容師の受験資格を、中卒から高卒を条件にするということ自体おかしいといわざるを得ません。事情により中卒であったとしても、意欲がある人には門戸を開放するべきです。
何か時代に逆行している様に思えます。
こうして見てきたときに少なくともいえますのは、それぞれ個々人の個性を生かしながら、決められた路線でなく、いくつも選択肢が用意されている重層的な進学ルートがあれば、社会はもっと活力に満ちたものになるのではないかということです。
桜並木も美しいですが、雑木林もまた美しいのです。
(2)ゆとり教育は子どもを甘やかすことではない
- 土曜日の有効活用を! -
今年4月より学校週休2日制が始まりました。
最近ある学習塾で、このことに関して小中学生に対してアンケート調査をしたそうです。
「土曜日になにをしていますか?」という問いに対してはなんと「テレビゲーム(プレステなど)」が一番多かったそうです。
いわゆるゆとり教育によって、円周率を3.14ではなく3と教え、総合学習時間を導入し、週休2日にしたのは、子供にテレビゲームを練習させて、単に手先の瞬発力を高めるためではなかったはずです。
ましてや、教師の休暇を増やして、教師のゆとりを増やすことでもありませんし、塾の売り上げアップを図ることでもないのです。
「土曜日をどのように活かすか」いまや教育分野での大きなテーマです。
たかが土曜日されど土曜日。教育の興廃はこの土曜日の使い方にあるように思えます。
(3)開かれた学校
-「校門は閉じて、学校は開く」-
当然のことながら、これは単に学校の校門がいつも開かれているという意味ではありません。
むしろ今は不審者が校内に乱入して不届きな事件を起こしたりするご時世ですから、校門は閉める方がいいのかもしれません。要するに「校門は閉じて、学校は開く」工夫が求められています。
1.情報公開と説明責任
これは一般の行政業務と同じ意味で、学校においても情報公開と説明責任の必要性があるということであります。その意味では、常にその学校の教育計画や校長の教育方針や学校行事に関する情報をPTAのみならず、広く地域の方々にお伝えをしていく努力が求められているのです。
 
2.学校施設の活用
これにつきましては、例えば夜間学校の体育館を使って、地域の人がバレーボールを楽しもうとしても様々な制約があり、なかなか開放してもらえないのです。
従って、地域としては別に体育館を作ってほしいというような要望が上がってきたりすることもありました。
 
しかしこれって無駄ですよね。
各地域には小学校と中学校が必ずあるのですから、それを夜間は開放すれば、文字通り「開かれた学校」ということにもなりますし、公共施設の効率的な活用ということになり、新たに体育館を作るなんて話はなくなるはずです。
 
3.学校機能の開放(公開講座)
それぞれの学校の先生はそれぞれに得意分野や専門分野をもっています。教師として教えることのスキルに長けた方々ですから、公開講座として地域の方々も学べるような機会を提供してはどうでしょうか。それにより、教師と地域の方々との交流が進み、一層学校がより開かれたものになるに違いありません。
(4)学校議員制度と主任児童委員
中央教育審議会の「今後の地方教育行政の在り方について」(平成10年9月21日)という答申を踏まえ、校長のリーダーシップのもと、組織的・機動的な学校運営が行われるように、学校教育施行規則等の必要な規定を整備し、児童生徒の実態や地域の実情に応じた特色ある教育活動の推進を図る目的のもと学校評議員制度が導入されることになりました。
その趣旨は、学校・家庭・地域が連携しながら一体となって子どもの健やかな成長を担っていくため、地域に開かれた学校づくりをより一層推進する観点から、学校に学校評議員を置くことができることとする。これにより、学校や地域の実情に応じて、学校運営に関し、保護者や地域住民の意向を把握・反映しながらその協力を得るとともに、学校としての説明責任を果たしていくことができるようにする。
概要としては、
1.教育委員会の定めるところにより、学校や地域の実情に応じて、学校評議員を置くことができる。
2.学校評議員は、校長の求めに応じ、学校運営に関し意見を述べることができる。
3.学校外から多様な意見を幅広く求める観点から、学校評議員は、当該学校の職員以外の者で教育に関する理解及び識見を有するもののうちから、校長の推薦により、設置者が委嘱する。
現在、足利市では全ての小中学校に学校評議員制度を導入しておりますが、日頃どのような活動をされているのかあまり伝わってきません。
もっと開かれた形で、委員の責任と権限を明確にしこの制度が有効に機能するような
工夫が必要でしょう。
(主任児童委員とは児童の問題を専門に担当する民生委員・児童委員のことをいいます)
(5)学校支援ボランティア ― 外部人材の活用
これは文字通り、保護者、地域そして企業や団体がボランティアとして学校をサポートする活動のことを指します。
具体的な活動形態としては、もの作りや農業体験などのゲストティーチャー型、校外学習時の引率などの学習アシスタント型、施設の補修・植木の剪定などの施設メンテナンス型、体験活動の受け入れなどの環境サポーター型などに分けられ、その背景としては
1.質的・量的な学校教育の限界の自覚
2.地域体験学習等の重視傾向
3.地域コミュニティ形成の拠点としての学校への関心の高まり
などが上げられます。
こうしたことを踏まえ、足利市としてもこうした学校支援ボランティアを制度として整える必要があるのではないでしょうか。
現在、中学校の部活動は学校の先生が顧問となって指導しています。この部活動の指導まで学校の先生がやらなければならないという考え方は疑問です。
先生には、本来の教師の本分である授業にもっと専念していただいて、さらにそのスキルに磨きをかけていただくようにして頂いたらいいのです。
部活動は種目にもよるでしょうが、クラブチーム化し、どこの学校の生徒でも参加できるようにして、指導者も民間の経験者をあてることができるようにすることも選択肢のひとつではないかと思います。
また、少子化のために中学校によっては運動種目が限定されてしまい興味のあるスポーツが選べないという苦情にも配慮する事が出来ます。
サッカーは一例ですが、例えばいわゆるクラブチームのユースのようなイメージで、サッカーに小さいうちから親しめるシステムができれば、末はJリーガーが次々と排出されるようになるかもしれません。夢のある話です。
●競馬場跡地をサッカー場に(私案)
競馬場跡地については、様々な有効活用のアイデアが出されているのは承知しております。そうしたことも踏まえたうえで、私なりの勝手な私案を披瀝させていただきます。
栃木県はサッカー競技人口比率上位なのにJ1クラスのプロサッカーが開催できる規格の競技施設が一つもありません。
ぜひとも競馬場を両毛地区の自治体をベースにJFLのサッカーチームを設立したいものです。群馬県のザスパ草津が見事J2(できればJ1)に昇格したように、両毛地区でも地域一体となった取り組みができれば、J2昇格も夢ではないと思います。また、遠い将来かもしれませんが、道州制に伴う両毛地区の一体化にもプラスの影響が及ぼせるでしょう。
そしてそのサッカーチームを一つの布石にして地域総合型スポーツクラブへ発展させることも可能です。ひいては地域が誇りを持ち老若男女が同じ話題でコミュニケーションが図れるという新しい街づくりの形がつくられることにもつながります。
●サッカーだけでなく野球でも
サッカーもそうですが野球もまたしかりです。最近は久しく市内の高校から甲子園に出場していないのは誠に残念です。隣の佐野市は佐野日大が常連になってきましたし、プロ野球選手も一軍で3人も活躍しています。また、数年前の桐生を見るまでもなく、甲子園で優勝すれば随分とまちの雰囲気も活気づくはずです。
隣町をうらやましがるだけではなく、何とか足利市から出場してもらうように行政が側面から支援することができないものでしょうか。
がんばっている人をたたえ、結果を出した人を尊敬し、またいい目標にする。スポーツに限らずいろんな分野においてそんな気持ちでお互いを高めあうことができれば、いずれ必ずまた足利の時代というものがやってくるのではないかと思います。
大変申し上げづらいですが、今足利は全体的に自信をなくしてしまっているのではないかと感じることが時々あります。
歴史を紐解けば、冒頭に申し上げましたとおり、足利市ゆかりの足利氏が室町に幕府を開いて天下に大号令を発し、足利学校で隆盛を極め、近代では繊維で日本一になった。そういう街が足利市です。
そうした過去の先人たちの偉業に思いを至らし、よしオレ(私)もがんばるぞと思っていただけるようなまちにしていきたいものです。
(6)まずは中学1年生から35人学級の実現
栃木県では平成15年度より、中学校1学年で、1クラスを35人以下にしました。
これは小学校6年生から中学校1年生におけるいじめや不登校の児童数の推移を見てみますと、明らかに中学校1年生時にその数が増えているということがあり、まずは中学校1年生から35人学級にしたわけであります。
今後はこの推移を見ながら、中学校全学年および小学校高学年といった形で広げていく必要があると思います。
また教職員の人件費は県の予算で計上されており、その予算額の半分を国が支出するということになっています。従って、現在のところ40人学級が原則ですからそれを逸脱するような施策を講じるとなりますと県が単独で負担しなければならなくなります。
したがって中学校1学年で35人学級を導入することにより、足利市だけでも平成15年度で12人の増となりました。これをさらに1学年増やすことにより同規模の負担をしなければならなくなるわけですから、根幹の国の40人学級の方針を改めていただかなければならないというところに行き当たる問題です。
ともあれ現在進めている35人学級の導入を評価しながらも、引き続き35人学級の導入を前向きに提言していきたいと思います。
(7)あえて提言
1.実学教育
●働いてお金を稼ぐことの大切さを教えるべき
これまでの教育に欠けていたもののひとつが「働いてお金を稼ぐことの大切さ」を教える教育です。
一般に親は誰しも子どもの幸せを願いながら子育てをするものです。そしてその幸せは、小中高校を経てなんとか大学にまで通わせれば、ある程度つかむことができるだろうという淡い期待を持っています。
 
従って、子どもたちは小手先の受験勉強対応のカリキュラムを提供され、年を経ると塾などへも通わされることになるのです。
そうした偏差値教育も一面必要なところもあるでしょう。
しかしながらそういう子どもたちを作ることが、それぞれの個人の幸せに通じるか、ひいては国家のために有益な人材が輩出されるようになるのかを考えたときに、とてもそれだけでは足らないと思います。
 
そもそも個人の幸せのひとつの大きなバロメーターは、「衣食たる」くらいのお金を稼ぐことによって得られるものです。
それがなければ「礼節を知る」こともままなりません。
また当然のことながら、子どもたちは将来例外なく何らかの職に就くはずであり、そのことによって自らの生計を立て、家族を養うことになるわけです。
 
その職に就くにあたって、学生時代にサイン・コサイン・タンジェントは深く学んでも、体験を通じた実学の面の学習が足りないので、自分は将来どういう職業に就きたいのかという明確な意思を形成する機会が少ないのが、今の教育に足らないことのひとつだと私はにらんでいます。
ですから、世の中のいろいろな職種を小さいころから体験して、職業意識を形成させ、働いてお金を稼ぐことの大切さを認識させる教育の必要性を私は訴えたいのです。
 
「働くこと」の大切さは、通り一遍の授業の中で“お話”として伝えることができます。しかし「働いてお金を稼ぐこと」の大切さは、それこそ他の商売をしたことがない学校の先生が教えることはなかなか難しいといわざるを得ません。ましてや「起業して働きお金を稼ぐこと」を教えることはできないでしょう。
ですからこうした職業教育に関しては、外部の人材や会社と提携して、「子どものころから起業教育・職業教育を学校の中で展開していくこと」を検討するべきなのです。
    
●フリーターは400万人を超えてしまった。
逆に言えば、そうした認識で学校教育を位置づけてこなかったのでフリーターが、400万人を超えるまでに膨れ上げってしまったともいえるのです。多くのフリーターは「やりたい仕事がない」「自分に向いている仕事がわからない」という理由から消極的な生き方を選択しています。
ものが満たされた状態で育てられた彼らは、ことさらに強い意志を持って生きなければならないほどの環境で育っていませんから、生きる手段である職業に就くということにかつてないほど淡白になっているのではないでしょうか。
 
これが、小学生のときから実学である職業教育がなされていたなら、働くことの喜びを教える教育が施されていたならば、これほどまでの数字にはならなかったと思います。
もちろんこれだけでフリーターの問題が解決するわけではありませんが、子どものうちから起業教育をそして働いてお金を稼ぐことの大切さを教えていくことが、これからの日本の教育にとって極めて大事な要素であると思えて仕方ありません。
 
2.模擬株式投資で経済を学ぼう
お金を稼ぐことの大切さを教えるということは、職に就くことの大切さを教えることに他なりません。その職業の総体が経済ということになります。その経済の原理原則は資本主義市場経済です。
そこで、この資本主義市場経済とはなんぞやということも、合わせて中学校からは教えるべきだと思います。
 
ここで資本主義の歴史をひも解くつもりはありませんが、冷戦の終結後、世界は紛れも無くこの資本主義市場経済で回っているのです。その我々の生活の根幹がどのようになっているのかということを知らずして、世界で伍するような人材を輩出することはできないのです。
 
申し上げるまでもなく、わが国は石油をはじめとした鉱物資源がほとんどありませんから、資源を輸入し、付加価値をつけた製品を輸出することによって、利益を上げていくしかないのです。その意味では、外国との貿易抜きに生計を維持していくことは考えられません。
 
ですからなおのこと、経済の原理原則を学んで、その分野でも有益な人材の供給を国家戦略として考えていかなければならないのです。
そうしたことを踏まえて、それを学ぶ手段として今注目されているのが、模擬株式投資です。
これは証券会社が学校で導入されている事例を使ってコマーシャルを流していますからご存知の方も多いかと存じますが、実際に株式市場に参加するのではなく、現実の経済情勢を踏まえた上で、市場のトレンドにそった推測ができるか、また投資をするとしたらどこの企業がいいのかなど模擬的に参加して学ぶものです。
 
株とはなんぞやというところからはじまって、株式会社や株式市場の意味さらには各種市場を通じた国際的なお金の流れに至るまで、世の中の経済情勢を広い視点から学ぶには格好の生きた教材です。
 
3.メディアリテラシー(情報リテラシー)
ここ数年、日本をはじめ先進各国で青少年の犯罪が数多く発生しています。特にアメリカでは銃などによる青少年の犯罪原因の多くがメディアによる影響ではないかという指摘がなされております。実際に、犯罪の中にはインターネットを通して爆弾の製造方法を知ったという例も報告されています。
 
したがって、メディアに対して自主規制をする促す声も上がっておりますが、当然のことながらメディアの活動を制限することは困難であり、むしろメディアをしっかり理解させるための教育に重点を置く方向を模索し始めました。
 
この教育を、子どもたちがメディアを批判的に読み解き、使いこなすことができる能力を学び養うメディアリテラシー教育です。
特にカナダでは積極的に取り入れられており、約10年前からメディアリテラシー教育が始まっています。きっかけはアメリカからの大量の情報流入であったとのことです。
 
これは大きくは3段階に分けられており、第1段階は様々なメディアの特徴を知る、第二段階はメディアの流す情報の意味を知る、第3段階は作る側としての目的や表現を学ぶとなっています。
 
そもそも自国の文化を守ろうとして始まったメディアリテラシー政策は、現在、カナダの教育界の中でしっかりと体系づけられており、情報化社会を生き抜くための有効な手段となっています。
残念ながら、日本ではいくつかの私立小学校で試験的に導入されているだけです。
 
われわれ大人も無意識のうちにメディアに何らかの影響を受けていることを自覚しなければなりません。ましてや子どもはなおさらで、現に親と会話する時間よりもメディアを相手にしている時間のほうが長いということを知る必要があります。

6、保健福祉施策(2005年)

福祉を語るときに私は2つの点をいつも念頭において考えていこうと思っています。
ひとつは「これは福祉として必要だ」というと誰もそれに異を唱えることはないということです。
そしてもうひとつは福祉施策を一端はじめてしまうとやめることは極めて難しいということです。
そうした福祉ならではの宿命を踏まえた上で、大きく3つの項目に分けて順次取り上げたいと思います。
(1)高齢者福祉
介護保険制度は地方分権のさきがけ
高齢者福祉といって最初に思い浮かぶのが介護保険制度です。
申し上げるまでもなく介護保険制度とは加入者自身が助け合いの精神に立って保険料を負担し、だれかが介護が必要になったときにサービスを提供する仕組みです。
また、その費用は保険料で半分、国や自治体の公費で半分を負担しております。
利用する際の手続き方法につきましては、被保険者である利用者が市役所の窓口で申請をしていただくことになります(代理でも可)。それを受けて認定調査がなされ、また主治医の意見書が提出されて介護認定審査会による審査判定が行われます。そこで、要介護度が決定され、被保険者が必要に応じて在宅サービスの利用や特別養護老人ホームなどへの入所申し込みをする流れとなります。サービスを受ける際には、1割負担ということになります。
保険料の徴収方法は40歳以上の全ての人が対象となり、40歳以上65歳未満のいわゆる2号被保険者は、保険料については所得に応じて全国一律で決められ、それぞれの医療保険に加算して徴収されます。
ただし、社会保険に加入しているサラリーマン等は社会保険と同様に保険料の半額を会社が負担します。
介護保険の事業主体はあくまでも市町村です。ですから、当然のことながら介護保険料が原則市町村ごとに異なるということになります。端的に申し上げれば、介護保険料の滞納率が低く、施設が比較的少なく在宅サービス中心の展開を促している自治体の方が保険料は安く、その逆であれば保険料は割高ということになります。
従ってその保険料とサービスの質の問題といいますのは、それぞれの自治体の方針の違いにより、それが結果として保険料に反映される仕組みとなっています。
その意味では、自治体の高齢者福祉における役割がより一層重要な時代となりました。
(2)障害者福祉
障害者が暮らしやすい日本一の街
足利にいわゆる障害者福祉施設がいくつあるかご存知でしょうか。
なんと32もあるのです(一覧表参照)
1、 身体障害者授産施設
足利愛光園 山川町782
1、 身体障害者福祉工場
足利愛光園稲岡工場 稲岡町500
2、 知的障害者更正施設
かしわ荘 葉鹿町2245
    緑ヶ丘育成園 葉鹿町2274
    こころみ学園 田島町616
    ルンビニー園 樺崎町1706
    デイアクティビティセンター銀河 利保町49-4
3、 知的障害者授産施設
    栃の葉荘  葉鹿町2227
    やまゆり学園  大沼田町1715
    きたざと学園  利保町49-4
4、 知的障害者グループホーム
    石井荘(栃の葉荘) 葉鹿町271-1
    あけぼの荘(こころみ学園) 田島町620
    あゆみ荘(きたざと学園)  元学町830-13
    三井荘(こころみ学園) 大町491-1
    よしみ荘(誠和寮)  助戸1丁目75
    あさひ荘(こころみ学園) 大町491-1
    みょうぎ荘(やまゆり学園) 大沼田町487-2
    萩原荘(栃の葉荘) 葉鹿町2-6-1
    うちこし荘(こころみ学園) 千歳町79
5、 知的障害者通勤寮
若葉荘 葉鹿町2232
    誠和寮 大月町650-2
6、 精神障害者生活訓練施設(援護寮)
両崖ホーム 本城1丁目4129
7、 精神障害者授産施設
恵愛センター  本城1丁目1549
8、 精神障害者小規模作業所
足利ひまわり共同作業所 東砂原後町1072
    足利第2ひまわり共同作業所 今福町705-2
9、精神障害者福祉ホーム
ウグイス寮  本城1丁目1549
10、精神障害者グループホーム
恵愛会グループホーム 本城1丁目4128
11、重症心身障害児施設
足利の森足利病院  大沼田町615
12、障害児デイサービスセンター
足利市母子通園ホーム 東砂原後町1072
13、在宅重度心身障害者デイケア
足利市デイケアセンター 東砂原後町1072
14、盲人ホーム
足利市盲人ホーム 相生町385
15、児童養護施設
イースタービレッジ 小俣町3294-1
まさに足利市は障害者福祉のまちなのです。
またこれ以外でも、福祉の趣の強い施設(含む学校)はというと、
泗水学園
足利養護学校
足利中央養護学校
があります。
こうした現実を踏まえて、それをまちの特色としてもっとPRをしつつ、そうした分野での最先端のまちにすることを足利の柱のひとつに添えてもいいのではないでしょうか。
(3) 児童福祉
(再掲する)
先の少子化対策の項で触れました
(4) 国民健康保険税
一般的に自営業などの個人事業主の方々が加入する医療保険のことを、国民健康保険といい、加入している世帯の資産や収入の状況、市民一人当たり(均等割)そして一世帯当たり(平等割)での負担などを勘案して、世帯に課せられる税金のことを指します。
近年この徴収が思いのほか滞っており、平成14年度末では滞納繰越総額は30億円強です。またこれに加えて、平成15年度は不能欠損額(行方不明などで徴収不可能なもの)が8900万円余強計上されました。
虎の子の財政調整基金*からは平成14年度で8億円近くも繰り出し、残りは3億円弱となり、15年度も繰り出した結果、基金をほぼ食べつくしてしまいました。従って、今後この財政調整基金で急場をしのぐというのも難しくなります。
そしてまた前期高齢者制度が平成14年10月からスタートし、老人保健の被保険者年齢を段階的に75歳にまで引き上げるために、満70歳になった方は5年間老人保健に移行できないということになり、その期間は国保を適用させるということになります。その分益々国保の負担が増えるということになり、足利市の場合毎年満70歳の方が年間で1500人にものぼり、それぞれの方が平均60万円(年間)医療費を使っており、細かく計算しますとその結果17億円の負担増、国の負担分を差し引きますと国保会計としては8億5千万円分の負担増ということになります。
さらに収納率の悪化もこの問題を複雑にさせています。現行制度の下では悪質でない限り保険税を納めなくても(納められなくても)、3割負担で病院にかかることができますから、そうした人に適用された医療費の保険請求の7割分は、結局保険税などで穴埋めすることになるのです。
要するに、納めた人の保険税は、納めた人だけではなく納めない人に対しても使われているのです。最近では、納めない人に対しては保険証の代わりに資格証明書の発行を推進しているようですが、改善効果は限定的です。
その結果、残念なことに保険税の値上げという話が出てくるのです。
最近では既に平成14年4月に、均等割で4800円値上げして16800円に、また平等割で4800円値上げして18000円(いずれも年間)にしました。さらに平成16年4月から均等割で7200円値上げして24000円に、また平等割では8400円値上げして、26400円にしました。
税を納めている人にさらに負担を強いる形です。なにか取りやすいところから取る安易な手法という印象がぬぐえません。
もちろん本当の意味での社会的弱者の方への医療サービスに影響が出ることは避けなければなりませんが、高齢化が進展し医療費がかさみ、そして滞納者の分の負担がかさみ、結果的に保険税をあげる、さらに基金を取り崩すというようなサイクルはいつまでも続けられることではありません。
世界に誇る国民皆保険制度と聞こえのいいようなことをいっても、実態がこのようでは何をかいわんやです。
戦後、国がこうした制度をつくり、自治体に押し付けた上に、制度の改革も十分に行わず、補助金を減らした結果、全国的に地方自治体の共通の問題として顕在化してしまったわけですから、その責任上国民健康保険の健全運営に向けて国として抜本的な見直し策を提示していただく必要があります。
*財政調整基金:自治体における年度間の財源の不均衡を調整するための基金のこと。
また自治体におきましても、予防医療の推進(「健康足利21」)、収納率のアップ、資格証発行の一層の区分、レセプト業務の効率化などできることをしっかりと行ない評価される結果をだしていくことが求められます。
それにはまず、国も地方もこれまでの経緯や今後の見通しなどを納税者にきっちりと情報公開することから始めねばなりません。自己負担はどのような見通しになるか、それに伴い医療費など社会保障の中身はどうなるか、税制のあり方はどうなるかなどそれぞれわかりやすく例示していただきたいものです。
一般に国保に限らず税金が足らないと、どうしても国債(地方でいえば地方債)を発行し借金をして収支のバランスを取るという手法がとられがちです。
申し上げるまでもなく借金をするということは将来世代が払う税を増やしていくということでもあります。
国保でも完納している人に負担を強い、借金でも将来世代に負担を強いている・・・。そのような取りやすいところから取るという安易な手法を続けていると、遠からず大変なしっぺ返しをもらうことになります。
何より「税金を納めなくても行政サービスは全て平等」といった正直者が報われないような、がんばって税を納めている人が報われないような制度は、真の意味での弱者の方に十分配慮しながら、改めていく必要があります。

5、環境施策(2005年)

- 美しい地球を次の世代に。環境大国を目指して。 -
足利市は中心部を東西に渡良瀬川が流れ、北を足尾山系に連なる山並みが、そして南は関東平野の北端が占めており、まさに山紫水明豊かなまちです。
最近、その豊かな足利の山並みに異変が目に付きます。
そうです、松枯れです。
山並み一面の松がほとんど枯れ果ててしまっているのです。
新緑の季節には、その茶色く枯れた姿が特に痛々しく見えます。松くい虫が原因と言う方もいらっしゃいますが、それだけではなく酸性雨なども加わった複合汚染による松枯れではないかと私はにらんでいます。
またその山間部にはもうひとつ問題が生じています。
そうです、ゴミの不法投棄です。
夜な夜な不心得な人物が、トラックに廃棄物を積んで、誰も頼んでもいないのにそれを山間部の沢筋になみなみと注いでいくのです。
そこはまさに足利市民の水源となるところであり、看過する事はできません。
この問題を防ぐために、まず第一は取り締まりを強化することが必要ですが、足利市は山間部が多すぎて、警察や行政も対応に苦慮しているところがある様です。
先日、名草地区から松田地区にかけての山道を歩いてみましたが、谷底に家電製品や家具類が散乱し、目を覆うばかりのところもありました。憤りを感じます。
同時に、そうした問題に直面しながらも、それに対して有効な対処ができない行政の限界を垣間見て、なんとも重い気持ちにさせられます。
ある方が、「ゴミは人間の手が捨てるのではなく、心が捨てるんだ。だからゴミは手で拾うのではなく、心で拾わなければいけない」といわれましたが、まさしく至言です。
環境問題に関しては、教育の段階からしっかりと取り上げていくようにしなければならないということだと思います。
もちろんこの松枯れやゴミ不法投棄はひとつの顕在化した問題に過ぎません。それらのみならず幅広く環境問題全体を捉えて、政治が責任をもってより有効な施策を講じていく必要があります。
ところで、みなさんは日本全国にゴミ焼却場がどれくらいあるかご存知でしょうか?
なんと1900もあるのです。
ちなみに米国は170、ドイツは50です。この違いは一体どういうところに原因があるのでしょうか?
わが国の場合、大量生産・大量消費・大量廃棄の経済至上主義がもたらした負の遺産がそのままゴミの問題として象徴的に表れています。
大量廃棄されたゴミ問題に対して、行政は単に焼却場を作ることで対処してきました。
その結果、全国至る所でダイオキシンをはじめとした環境ホルモンの問題が、今そこにある危機として表面化し、日本は世界中からダイオキシンの実験国という烙印を押されてしまったのです。
ようやくここへ来てその焼却場の安全対策として、ダイオキシンの排出を抑える手立てが急ピッチで進められていますが、それと合わせてゴミそのものを減らす策を講じなければならないのです。
それをひとことで言うと、いわゆる3R施策の推進ということになります。
3R施策の推進
ひとつ目のRは、『Reduce(減らす)』のRです。
家庭の生ゴミを堆肥化し、ゴミの減量化を図ることなどがこれにあたります。
その生ごみ、足利市の場合どのように処理されているかご存知でしょうか?
現在のところ、普通の可燃ゴミと一緒に南部清掃工場で焼却処理されています。生ゴミを燃やすわけですから、紙と比べて大変な熱量がかかります。
つまりそれだけ費用がかかるわけで、こうしたあまり合理的ではない処理の仕方自体をそろそろ見直す時期ではないかと思うのです。そうした現状を踏まえ、生ゴミの堆肥化・肥料化を推し進めて循環型社会の構築を図ろうという動きが自治体レベルでも出てきています。
例えば山形県長井市がそうで、生ゴミ全般にわたって貝殻であろうが卵の殻であろうが一切合切分解して堆肥化しているのです。
もちろん民間企業では、そうした取り組みはかなり進んでいて、以前訪問した都内のホテルでは、循環型リサイクルシステムと称して、ゴミゼロに取り組んでおりました。
具体的には、8種類にゴミを分別し、各自がゴミを区分けしてそれぞれの容器にいれます。
ちなみに8種類とは、
1.
再生ゴミ(生ゴミ、生花、植木、葉、草、汚泥)
2.
可燃ごみ(紙くず、木くず、繊維くず、封筒、カーボンコピー)
3.
産業廃棄物(ビニール、プラスティック、発泡スチロール、ラップ、ガラス、陶器、電球類、電池、ゴム)
4.
紙類(新聞、ダンボール、牛乳パック、雑誌)
5.
ビン類(無職、茶、緑、その他)
6.
缶類(スチール、アルミ、鉄くず)
7.
廃油類(食用油、機会油)
8.
オレンジ皮
とのことで、8番目のオレンジの皮は石鹸として再生させるとのことです。
また、視察した生ゴミ処理プラント自体はビルの一階部分のわずか30坪程度のところに備えられており、それで毎日5t(約1万5千食分)の生ゴミ処理ができるそうで、導入費用は約1億1千万円。3年で楽に元が取れる計算とのことでした。
足利市では毎日出されるゴミの総量は180t程度であり、生ゴミの占める割合は約30%なので、生ゴミの総量は約55t。
ということは、生ゴミ問題に対する市民のご理解をいただいた上で、このホテルのプラントよりももっと大きいサイズのそれを市内の東西南北中央に設置すれば、理論的にはこの問題の抜本的な解決になります。
しかしながら現実問題、分別や回収方法などで課題もありますから、まずは学校給食から導入したらどうでしょうか。
 
2つ目のRは、『Reuse (再利用)』のRです。
例えば空きビンの再利用ということがあげられます。ペットボトルでさえ、欧州特にドイツでは再利用の対象となっています(なんと数十回以上再利用されたペットボトルでないとリサイクルに回せないそうです)。私の子供のころはコーラのビンをお店に返却すればお金が戻ってきました。これをデポジット制と呼びますが、いつのまにかその制度がなくなってしまいました。いつ頃なくなったのか覚えてませんが、紛れもなく過去の一時期わが国にもそういう時代があったのです。
要はそれを復活させればいいのです。そんなに難しい話ではありません。
3つ目のRは、『Recycle(リサイクル)』の Rです。
この言葉はすでに日本語になっており、広く使われていますので説明するまでもありませんが、これはReuseできないものへの2次的な対応手段として考えるべきことです。
欧米の例(とくにドイツ)を見るまでもなく、これらを推進することがゴミの減量化を図る上で極めて重要です。
環境問題は、我々の住む地球が永続可能なものとして存続できるかどうかという重い命題を内包しています。
その意味では冒頭に申し上げた松枯れは、地球が人類に発する警告ではないかとも感じます。その他様々な異常気象の顕在化は、地球が今後も持続的に発展することが難しくなっているというシグナルかもしれません。
そうした環境問題はあまりにも大きな問題であるがために自分ひとりではどうしようもないとあきらめてしまうところがあります。もしくは行政だけに押し付けてしまう傾向もあるようです。
そうではなく、ひとりひとりが身近なできることから始めることこそ、環境問題を解決する最大の方法だと思います。
わが国において1億2千万有余の国民が、そうした意識で環境問題を捉えていくことができれば、わが国は世界に冠たる環境大国になるに違いありません。
軍事大国ではない、環境大国として世界に貢献する役割こそ、山紫水明豊かな日本が果たすべき大きな役割のひとつであると確信します。

4、行財政改革(2005年)

(1)情報公開
- 国民の「知る権利」と行政の「説明責任」をより明確に -
実は私もサラリーマンの経験があります。
まる5年間民間企業に勤めていました。その間、横浜と世田谷に居を構えていました。
今でも当時頂いた給料の額はいくらだったか覚えていますが、納めていた住民税や所得税が一体いくらだったかは全く記憶にありません。
入社したときから税金は源泉徴収されて、問答無用にとられていましたから、それが当たり前でそれはむしろ合理的なやり方と、全く意に介しておりませんでした。
しかし、その後自分で確定申告をするようになり、その都度自ら納めている税金の額を確認するようになりますと、尚のことその使い道に関心が及んできます。
「自分が納めた税金がどのように使われているのか?」
単純な疑問ですが、情報公開を考える上で、これほど大切な問いはありません。
今現在でも、政界をとりまく金銭スキャンダルが連日のように報道されています。これは昔から一向に変わる気配がありません。ではどうして歯止めがかからないのでしょうか?
ひとつの理由は、税金の使い道に関して、行政の裁量に委ねている部分が多いということがあげられます。行政の裁量に委ねる部分が多いということは、市民による実質的なチェックが働かないということであり、またこれからも政治家と官僚が密室で物事を決め続けていくということでもあります。
その結果、それが高じていつかどこかで路線を踏み外してしまい、過去に生じたような不正や腐敗が再び繰り返されることになるのです。
そのためには、権限の乱用が生じない、政治家・公務員全般に通じる法の支配による秩序作りをする必要があります。
そのひとつがまさに情報公開法であるはずなのです。
しかしながら、現状のこの法律は、残念ながら裁量行政の幅はあまり改善されず、施策を遂行するにあたっての意思決定過程の不透明さ、責任の所在の不明確さなども残っており、まだまだ十分なものとはいえません。
それを十分なものにしていくためにも多くの方に例えば、首長の交際費はどのように使われているのか?議員の調査研究費はどのように使われているのか?あの事業はどのようなプロセスで決まったのか?責任者は誰なのか?など身近な疑問から関心を持っていただくことが大事です。
国民の「知る権利」を積極的な形で取り入れることと行政の「説明責任」の徹底とは、まさに情報公開の基本であり、それこそ政治を浄化させる上で何より大切なはじめの一歩なのだという認識を共有した上で、政治・行政と有権者が強い信頼関係でつながれば、国も自治体も高い次元で職務の遂行ができるようになり、結果として金銭スキャンダルまみれの政治体質を脱することができるものと確信します。
(2)地方分権
よく「足利の税金は高くてどうしようもない」という話を耳にします。
続いて「太田や大泉は大企業があるから税金が安い。うらやましい」「桐生は競艇があるから安いんだな」という話につながります。
そして駄目押しは「だから、財政に余裕がないから、福祉に手が回らないんだ」となってしまうのです。
しかしながら、結論から申しあげれば、この話は間違いです。
少なくとも正しくありません。つまり足利市だけが高いということはないのです。
また、福祉に手が行き届いてないとするならば、それが理由ではありません。
一般に、自治体は市民税という形で市民から国が決めた基準通りの税率で税金を徴収しています。
その税負担の自治体間の差は少なくとも両毛5市ではありません(町や村と比較すると年間で500円、市より安くなることはあります)。同じなのです。
またもうひとつの市税の柱である固定資産税関係にしましても、一般にはいわゆる評価額の1.4%が固定資産税、0.3%が都市計画税として徴収されています。
不動産業を営む人に話を聞いてみますと、足利市より太田市の方が市街地の地価は高いとのことです。要するに、負担調整措置の部分はあるにせよ今や太田市の方が固定資産税は高いということです。
しかしながら細かく申しあげれば、都市計画税に関しては、足利は国の基準通りの0.3%にしていますが、太田市だけは0.2%とのことで、わずかですがこの0.1%分太田市の方が安いということはあります。
また、都市計画税のかかる市街化区域とかからない市街化調整区域との違いで、高い安い(0.3%分)がでてきます。市街化区域である足利の山辺地区に住んでいる人が、市街化調整区域である太田の矢場地区の人と税金の話をすれば、足利の方が高いということになります。
 「足利の税金は高い」という話は、ひょっとするとこうしたことが一人歩きしているのかもしれません。
もしくは、選挙で「足利は税金が他市と比べて高いんです。足利の税金をもっと安くするためにがんばります。力を貸してください」なんて言うものだから、善良な市民の方がそれを信じ込んでしまっている可能性もあります。
いずれにしろ、「足利の税金は高い」というのは正しい言い方ではありません。
「税金が高い」という、重税感が市民にあるのであれば、それは足利市のみならず国として抜本的に税制を改めていかなければならない話です。ちなみに私の主張は、「これ以上の増税はNo! しかし税制の改正はやむなし」です。
もちろん足利市も独自な施策として、太田のように都市計画税の0.1%減税など、打ち出すことはできるはずです。まだまだ工夫の余地はあるでしょう。
問題はそこです。
これまで地方自治体は、課税のあり方をつきつめて考えることはなく、ただ国が決めた基準どおりで、機械的に処理してきたのです。
これからはそういうやり方ではなく、例えばわが市は企業の本社機能を誘致したい、そのためには固定資産税を市として向こう10年間免除しますという形で、企業に対して市独自のインセンティブを提供することができるようになれば、自治体の独自性を生かした誘致がより現実的なものになりえるのです。
また必然的に自治体の経営者たる首長の手腕が大きく問われることにもなります。その結果、よい意味での競争原理が働き、望ましい結果が導き出されるのではないかと思います。
地方の活性化のためにはそうした権限と財源の委譲を含めた地方分権の推進がぜひとも必要です。
そしてそれが実現してはじめて、「どこそこの市は税金が高い」とか「安い」という話が、本当の話として、取りざたされることになるのです。
(3)規制緩和
経済再生のキーワードは、申し上げるまでもなく「構造改革」です。構造改革とは、自由主義の理念に基づいて、「税制」「財政」「金融」「市場」といったとりわけ経済に影響を及ぼす分野にメスを入れる必要性を説いた言葉としての意味合いが大きいと私は解釈しています。まさに「改革なくして成長なし」です。
またその手段としてのキーワードは、他ならぬ「規制緩和」と「競争原理の導入」です。
ここでは身近な具体的事例として、「規制緩和による民間活力の導入」について申し上げます。
PFIという言葉をご存知でしょうか?
プライベート・ファイナンス・イニシアティブの頭文字を取った言葉であり、日本語では、「民間資金の活用による公共事業の推進」と訳されています。
具体的に申し上げますと、例えば市営住宅。
これまでは市が税金などを原資に市営住宅を建設し、一定の基準に満たない所得の市民の方を対象に入居のあっせんをし、管理・運営してきました。
しかしながら民間レベルでは一般的な集合住宅建設に関しては既に民間企業が行っていることであり、市営住宅とはいえ建設・管理・運営全てに行政が関わる必要があるのかどうか、むしろそうしたことは民間企業に任せたほうがいいのではないかと考えても不思議ではありません。まさにそういう前提から生まれたのがPFIです。
つまりPFIとは民間企業が民間資金を原資に、市営住宅の建設・管理・運営に主体的に携わるということを意味します。もちろんそこには効率性と公平性、そして透明性の確保やリスク分担をどうするかなどの課題はありますが、英国などで取り入れられた実績を見れば、それほど難しい課題ではありません。これはまた市営住宅に限らず、他の事業でも十分に応用の効くことでもあります。
その意味で、これからは公共サービスは全て自治体が提供するものという考え方に固執するのではなく「いかに質の高いサービスを、いかに低コストで提供できるか」という切り口から、民間活力の導入ということを念頭に規制を緩和し、PFIのような形でノウハウのある企業に建設や管理運営を任せていくという、いわゆるアウトソーシングを進めていく必要があると思います。
そして、規制緩和によってこれまで行政が携わっていた業務を民間企業が行える環境が整えられれば、企業としては新しく参入するチャンスが与えられるわけですから、当然そこに雇用が生まれます。またJRやNTTやドコモを見るまでもなく、それにより競争原理が働いて、料金の低下とサービスの向上が期待できます。なおかつ民営化は企業が業務を営むわけですから、当然税収もあがります。市民から見れば極めて望ましい結果が得られるのです。
これはほんの一例にすぎませんが、「規制の緩和」による「民間活力の導入」は「構造改革」を進め、強い経済を実現する大きな力になるに違いありません。
(4)電子自治体
- 「ITの積極活用で、効率化を!」他 -
私が経営に携わっている会社では積極的にITの導入を進めております。顧客管理はもちろん、見積もり・契約からアフターサービスまで、データーベースと表計算を駆使して、業務の大幅な効率化を図りつつあります。またホームページを駆使した宣伝広告戦略も同業他社と比べても遜色ない形が整いました。
ごく小さな民間企業においても、ITを積極的に活用して、それなりに成果がだせるわけですから、地方都市における地域最大の会社ともいえる行政でできないはずがありません。またもっとITを積極的に駆使すれば、計り知れない成果が出せるのではないかと思います。
電子市役所の進展に伴って今後足利の広報誌である「あしかがみ」に
「住民票を受け取りに役所や公民館に来る必要はありません」
「介護保険を申請する場合には、e-mailでもどうぞ」
「妊産婦助成制度の申請および助成手続きは足利市の公式ホームページからもできます」
という記事が掲載されるかもしれません。
また小さいお子さんのいるご家庭のパソコンには、
「A君の3種混合予防接種の時期が来ています」
というメールが、(登録することによって)届くことになるでしょう。
こうしたネットを介した行政業務を総称して「電子自治体」といいます。
大きく分けますと電子自治体の導入によって、3つの効果が期待できます。
ひとつは、行政事務の効率化です。
転入転出にはじまり、入札や建築確認申請そして住民税の申告など多岐にわたる窓口業務がITの活用により効率化されます。
またLAN (Local Area Network) の導入によって、職員同士で必要な情報のやり取りや稟議書の回覧、そして会議日程の周知、さらに過去の資料や他部署の資料も容易に閲覧することができるようになるのです。それにより大幅な紙の節約が図れます。
もちろん人材の有効活用という点からも見逃せないメリットがあります。
つまりIT化によりいわゆる窓口業務に携わっている職員は大幅に減らすことが可能です。
そしてそこから生み出された職員を、足利市の将来を見据えた投資的な事業に振り向けることができれば、職員のインセンティブ(やる気)もこれまで以上に高くなるに違いありません。
さらにまた議会におきましても、行政側から出される議案集や全員協議会(執行部と議会の会合)の資料もCD-ROM渡しになる時代も遠からず来るでしょう。そして議員はノートパソコンを携帯して、議会に望むということになるのではないでしょうか。
2つ目は、情報公開の推進です。
例えばの話。月に1000人もの人が情報公開条例に基づいて開示請求した場合、専属でそれだけに対応する職員がいなければ、通常の行政業務に相当なマイナスがでることは容易に想像できます。
そこでネット上で公文書を一括管理すれば、一度にどんな開示請求がきてもほとんどの場合、プライバシーに配慮した上で、迅速に対応することができます。
いつでもどこでも誰でも公文書を見ることができるという情報公開の原則を踏まえたとき、ネットを活用した情報公開は、極めて有効と思います。
3つ目は、市民へのサービスの向上につながるということです。
これは先にふれた窓口業務をイメージしただけでもわかりますが、ネットを活用することによってこれまで以上に我々はさまざまな行政サービスの恩恵を受けることができるようになります。
これまでは、少し手間がかかると思われたものが、より簡単に済ませるわけですから。
いずれにしろITの活用による電子自治体を進めることは、間違いなくより一層の行政改革につながっていくことになるのです。
次にNPO、要するにボランティアと連携するということについて取り上げます。
例えば、河川の管理という点を取り上げますと、現状は大きな河川(1級河川)は国が、小さな河川は県が管理しております。
ご承知の通り、本市にはいくつも「清流を取り戻す。河川をきれいにする」という目的をもった河川のゴミ拾いなどをされるボランティア団体があります。地元の河川を愛するが故の、頭の下がる活動です。
比較的規模の小さな(県管理の)河川については、そういう団体に管理を有償でお願いするようにしたらいいのではないでしょうか。その方が効果的・効率的であると思います。
緊急時ではない通常の管理でしたらそれで十分に対応可能だと思います。
また、小規模公園の管理についても、なにがなんでも行政が管理する必要があるとは思いません。小規模公園は、その周辺の方々が様々な用途で使用しているわけです。いわば利用者はその地域限定ということになります。時に草が生い茂って管理が行き届いていない公園を見ることがありますが、まあいつか行政がやってくれるだろうと、そんな気持ちが先に立ってしまい、放置してしまうものです。
そこで、これからは「日常の小規模公園の管理業務は地域の有償ボランティアにお任せします」と謳えば、経費が抑えられタイムリーに維持管理ができるのではないかと思います。
そうした形で、NPOとの連携がうまく取れれば、市民にとっても行政にとってもなによりですからそういう視点に立って、行政改革を考えてみることも大切なことと思います。
もちろん私の申し上げる行政改革とはこれだけではありません。いうなれば「大豆生田10の提言」に記された内容全てが、行政改革につながる話であります。ぜひそちらも「行政改革」という視点からもご参照ください。
(5)バランスシート
みなさんは足利市の「借金(負債)」の総額はどれくらいあるかご存じでしょうか。
「あしかがみ」にも記載されてますので、ご承知の方も多いかと存じますが、総額で1200億円(15年度末)を超えます。これは生まれたばかりの赤ちゃんからお年寄りの方まで、市民一人当たり約75万円、1世帯当たりにすると4人家族として約300万円となります。
ちなみに国地方合わせた借金は昨年度末で約700兆円にのぼり、国民ひとり当たりでは約500万円、1世帯当たりだと約2000万円の借金を抱えていることになります。
これらは、我々が個人的に借金をしている額に加えて、否応なく支払わなければならないもうひとつの借金として重くのしかかってくるものです。払いきれない分は、我々の子々孫々が背負わなければなりません。
それでは「資産」はいくらあるかご存知でしょうか?
企業でいえば、貯金とか土地とか建物などの総額のことです。
申し上げるまでもなく、それを把握せずに不用意に借金をする経営者はおりませんし、なによりそれがわからない状態では銀行がお金を貸してくれないのはご存知の通りです。
企業の資産については、内部の者は少し頭を巡らせれば、おおよそ検討はつきますが、なんと驚くべきことにこれまでは行政財産は市民の誰ひとりわかっていないというのが現状でした。歴代の議長も市長も、現職の政治家さえ、自分のまちの資産がいくらかをつい最近まで知らなかったのです。
要するに、バブル以前のように経済が発展し税収が伸びているときは、どのような事業を行うにしろお金の心配をする必要はほとんどなかったので、いうなれば昨日よりいい明日が保証されているような状態でしたから、財産がいくらあるのかという話題は二の次三の次にされてしまったのです。
問題意識がなかったということでしょう。
しかしながら、これだけ財政が逼迫してくると、そうも言っていられなくなります。
速やかに経済を回復軌道に乗せ、財政の構造改革を早急に行わなければなりません。
そのためのひとつの手段としてバランスシート、行政コスト計算書ではなく成果報告書の導入が不可欠です。
つまり予算についての考え方を1年間での使いきりの単年度会計(家庭の家計簿と同じ)から、どこの企業でも行っているように、長期的な視野にたったいわゆる複式簿記を導入してバランスシートなどを作成し、資産と負債の額などの財務状況を正確に抑えておく必要が行政にもあるのです。
そうすることによって、例えば我々の子々孫々に引き継ぐ資産と負債のバランスがどうなっているのかを正確に把握することができるようになります。またこれらの指標は、現在の行政の事業が(他市と比較するなどして)効率的に行われているかどうかを見る上でのひとつの指標としても活用できますし、それが納められた税金とどのようにバランスしているかも見ることができます。
何より、これを導入することによって、税金の使途に関して、自分のポケットマネーから身銭を切る時の様な感覚で執行者に緊張感をもっていただくことができるのです。
そして将来的には、大手企業が取り組んでいる国際基準の会計処理の考え方に基づいて、市の外郭団体も含めた連結のバランスシートなどを作って、より正確に市の財政状況を把握することが望ましいと考えます。
足利市はもちろん、栃木県についてもこれについては同じことが言えます。
(6)行政コスト計算書から成果報告書へ
結論から申し上げれば、現状の行政コスト計算書を事業ごとの成果報告書に展開する必要があるということであります。
総務省の「地方公共団体の総合的な財政分析に関する調査研究会」は、行政サービスの提供のために地方公共団体がどのような活動をしたのかについてコスト面から把握する行政コスト計算書の作成が有意義であると平成13年3月の報告書で報告しています。
その中で、行政コスト計算書に期待される役割としては、
1.
地方公共団体の全活動をトータルにわかりやすく説明する
2.
行財政改革を推進するなかで、行政の効率性や合理化などの状況をよりわかりやすく住民に説明していこうとする
の2点をあげています。
栃木県では、総務省のこの報告で示された基準に基づき、平成13年度の普通会計について行政コスト計算書を作成しています。この行政コスト計算書は、3つの問題点があります。
1点目は、成果が表示されていないということです。
県民は、決められた予算を使い切ることを期待しているのではなく、税を使って何ができたのかという具体的な成果を期待しているのであり、その部分が残念ながら抜け落ちています。
2点目は、県全体の行政コスト計算書では、伝えうる情報が限られてしまうという点です。県民は県に対して多くの役割を求めており、そのニーズとともに県の行う事業は多岐にわたって広がってきました。
しかしながら、それぞれの事業について、この行政コスト計算書では、どのように税が利用され、どのような成果を提供し、そのコストがいくらなのかが知らされていません。単に県の普通会計全体のコストを知らされても県民は県が提供する様々な事業を個々に継続するのか・中止するのか・あるいは他の組織に運営をゆだねた方がいいのか判断できません。
そして3点目は、県民の負担を明示していないという点です。
行政コスト計算書は、行政コストから収入を差し引く表示形式にしています。
従いまして、県民の負担は収入の一般財源の中に埋没しており、極めてわかりづらい形になっています。
以上のような問題点を踏まえて、行政コスト計算書は、成果報告書へ発展させるべきなのです。その構造はこのとおりです。 
成果説明の部
成果の説明
コスト説明の部
発生費用の部
人件費 A
材料費 B
施設維持費 C
納税者の資産の利用料 D
その他の経費 E
発生費用の合計 F=A+B+C+D+E
費用負担の部
補助金等 G
受益者負担 H
差し引き納税者負担 F-G-H
成果報告書は企業会計でいうところの損益計算書に当たります。
企業のいうところの「利益」が、県から見れば県民に対する「成果」であるので、それを得るための費用を金額換算で表示した上で、県民の負担を事業ごとに明らかにした「成果報告書」を作成すべきと考えます。
つまり、企業会計の損益計算書において、その利益を最終行で表示したように、栃木県の成果報告書において、成果及び県民の負担を明らかにしなければならないということであります。
例えば、県立美術館であれ、こども科学館であれ、なんであれ、具体的な成果を記載することはできるはずですし、発生したコストを受益者も負担している場合には、これを差し引いたものが納税者が負担するべき金額となり、それも記載することができるはずです。
また、現在、県では「政策マネジメントシステム」により事業の進捗状況を政策単位で把握し評価していますから、それと並行して行政コスト計算書を事業ごとの成果報告書に展開し、金額換算で表示すれば、より県の実情が県民の方々に伝わるのではないかと思います。

3、道路と鉄道と下水道そして都市計画(2005年)

(1) 都市計画道路鹿島橋山下線(鹿島橋通り)とJRの立体交差
北関東自動車道の全線開通を目指して、ようやく渡良瀬川にかかる橋脚部の工事がはじまりました。
その自動車道の整備とともに、足利市にとって極めて重要な意味を持つのが鹿島橋山下線(鹿島橋通り)です。
現在の市の計画では、鹿島橋を北へむかって旧50号にぶつかるはるか手前で地下に入り、旧50号とJR両毛線の下をくぐって立体交差をして山下町側に抜ける構造になっております。しかしながらこれでは旧50号を利用する方にとっては、五十部から葉鹿方面に向かう際の右折が、または葉鹿方面から五十部方面に向かう際の左折が立体交差するところでできず、旧50号を利用する方にとっての利便性に寄与しているとは言いがたいものがあります。
また、山前地区は、旧50号とJR両毛線が近すぎるが故に、通行しづらく危険性の高い2箇所の踏み切りの問題を抜本的に解決する必要があります。
そしてさらには、山前駅。
ロータリーも満足につくれないぐらい駅前のスペースが狭く、利用者の利便性が十分に図られているとは言いがたいものがあります。
そうした山前地区のJRにまつわる様々な問題を踏まえて考えたときに、現状のようなJRの下を掘って南北に抜ける道路を作るよりは、JRそのものを高架させる方がベターであります。
(2)渡良瀬川堤防道路
これも図で説明しますと、渡良瀬川の左右両岸いずれも緑橋と鹿島橋の取り付け部を結ぶ道路はありません。
しかしながら、北関東自動車道太田インターチェンジからの市内中心部へのアクセスを考えれば、その堤防道路を作る価値は十分にあると思います。
(3)都市計画道路、7丁目大前線
これまで市としては、旧西小学校の前の通りから三宝院のわきを通りそこからトンネルで抜け、今福からさらにトンネルを経て五十部に抜ける道路が計画されていましたが、それを図の通りに、本城から西宮を経て今福そして五十部に抜ける形で計画変更するべく検討がなされた経緯があります。
しかしながらそれでは、新規でトンネルを3つも作ることになり膨大な事業費がかかります。さらにはトンネルを抜けたときの交差点に信号をつけなければならず自動車が信号待ちでトンネルの中に列を連ねるというのは、道路通行上好ましいものではありません。
また、投資対効果という合理性や差し迫った必要性があるならともかく、特に自然環境の良さを好んで移り住んだ西宮地区の住民に理解を得るのは、難しいと言わざるを得ません。
要するに、これでは何のための計画変更かさっぱりわからないのです。
そこで私は、対案として五十部から月谷に抜ける、足利の外環状線的な位置づけで計画変更したらどうかと申し上げています。
自動車社会になって以降、都市における道路に関しては、まちの中心部を抜ける幹線道路の重要性と同時に、まちの外周を回る環状線の重要性が認識され、全国主要都市においてその整備が進められてきました。
県内では、宇都宮、佐野、小山などでそれが顕著であります。
足利もその意味では、いずれ都市計画道路の変更をするのであれば、私が申し上げるような形で外環状線にしてしまえばいいのではなかろうかと思うのですがいかがでしょうか。
(4)群馬県側とのアクセス
もうひとつ、道路行政について触れさせていただきます。
ご承知の通り足利市は、市境の半分を群馬県側と接しています。それだけ歴史的にも地理的にもまた経済的にも群馬県側とはつながりが深いものがあります。
その一方で、いわゆる都市計画道路の計画は二桁国道の幹線道路を除けば都道府県単位でなされるのが一般的であって栃木県・群馬県両県にまたがる形では都市計画決定がなされず、結果として足利と群馬県側をまたぐような道路整備は思いのほか進みませんでした。西から順次指摘しますと、まずは小俣地区の旧50号線の県境の橋であります。
境橋といいますが、これは昭和6年に建設された橋ですが幅員が狭く、いずれ架け替えの必要性があります。しかしその話は一部では出されるものの一向に計画の遡上に上ってきません。おそらく、足利市と桐生市そして栃木県と群馬県の4者のからむ話ですから、行政圏が違うためなんとなく先送りされてきたのではないかとかんぐりたくもなります。
少なくとも仮に同じ行政圏内の橋であったならこれほど話が進まないということにはならないのではないかと思います。
同様に、葉鹿橋についても同じようなことがいえます。最近ようやく架け替えがなされ、随分と使い勝手がよくなり何よりでありますが、それまでの橋は群馬県側の方が広く栃木県側の方が狭いといういびつな橋でありまして、50年間?そのような状態が続いていました。従いましてその架け替えの必要性はかねてより指摘されていましたが、これも結局栃木県と群馬県にまたがる橋であったがゆえに、ひとつ余計な根回しをしなければならずロスタイムが生じてしまったという感を強く持ちます。
次に鹿島橋通りはどうでしょうか。
足利から鹿島橋を渡って南に下りますと片側一車線のまま50号バイパスに当たります。それを越えますときれいに整備された片側二車線の道路になり、その違いはあまりにも対照的です。
そのそばには北関東自動車道の太田インターチェンジが予定されているのですから、本来50号バイパスから北側も渡良瀬川をはさんで足利市山前地区という住宅密集地が構えているのですから片側二車線の道路として整備されてもおかしくないのですが、鹿島橋を境に栃木県と群馬県の県境があるが故に、連携がうまくとれず、結果として都市計画道路としての計画決定をすることができないのです。
●県境ゆえの不利益の解消のため栃木県が群馬県に補助金を!
50号バイパスから北側は群馬県にとってはとかげのしっぽのような感覚なのかもしれませんが、足利市にとっては太田インターチェンジへの極めて大事な道路です。群馬県の意向はどうかわかりませんが、場合によっては鹿島橋南から50号バイパス北側の4車線化実現のために、栃木県民である足利市民の利益を鑑みて、栃木県が群馬県に補助金を出してもいいのではないでしょうか。
そのくらい発想を変えた大胆な提言をしなければ、県境をまたぐ道路の整備は遅々として進まないのではないかという危機感を覚えます。
これは、国道407号線、足利千代田線、国道293号線の南下路線などについても同様のことがいえます。
特に、国道407号線(足利太田街道)と122号線の交差点は、太田方面に向かう際に常時渋滞に見舞われているところであり、立体交差の必要性は論を待ちません。
ですから足利市民や太田市の足利よりの住民の方々にとっては優先順位の高い案件なのですが、太田市全体そして群馬県全体を見渡すとどうもそうではなくなってしまうようで、こうした事態を打開するためには思い切って、その立体交差のために栃木県が補助金を出すということも検討していいのではないかと思います。
ここで申し上げたいのは、これまで行政圏の違いにより、足利の場合群馬県側とのアクセス道路の整備が十分にできず、ことのほか不利益を被ってきたわけです。それと比べて、同じ群馬県内の前橋市と高崎市はなんと片側3車線の広い道路が走っているではありませんか。足利市と太田市の距離より、前橋市と高崎市の距離のほうが長いのに、同一県内ですとそういうことができてしまうのであります。
この弊害を改めることが、足利にとって極めて重要な課題です。
●公共事業についてひとこと
「その施設は私が建てた」とか「あの道路は私がやった」など、とりわけ選挙中などに誇らしげに言う政治家がいます。
同業者としてそう言いたくなる気持ちはわかりますが、これは申し上げるまでもなく「あの道路はみなさんの税金を使ってやらせていただいた」という言い方が正確です。
また、行政の行う事業を再評価するという視点からこのことを考えますと、「あれは私がやった」よりむしろ「あれをやらせていただいた結果、納税者にこれこれこういうメリットが提供できている」ということを語るべきだと思いますし、また一方で、デメリットが生じているのであれば「今後どのようにそれを反面教師にして生かしていくか」という話をするべきと思います。
これがいわゆる「事業再評価システム」の中の大きな柱である説明責任といわれているものです。そこではもちろん政治家の手柄は二の次になります。
また財源の面から言っても、国・地方問わず巨額の借金を抱えているわけですから、より一層の効率的な事業展開を真剣に考えなければなりません。従って、どのような事業であれ「あれは私がやった」で済まされる話ではないのです。
まさにその意味で、「あれは私がやった」という手柄告知型の政治の虚を見抜き、「何がこれからの政治に求められているのか」という視点から、自のフィルターを通して冷静に判断をする心眼を磨いていきたいと思っています。
(5)下水道
●下水道
足利市の下水道事業は、近年普及率の全国平均達成を目標に精力的にはじまりました。
ちょうどバブル崩壊後の景気低迷を受けて、政府は何度となくケインズよろしく需要喚起策を講じ、公共事業の積み増しを行ってきましたので、そうした流れを受けて足利市は県内平均より大幅に後れを取っていた下水道普及率を上げることを錦の御旗に、国庫補助事業である下水道事業の大幅な積み増しを一気に行ったのであります。
その結果、普及率は上がったものの、様々な副作用も発生しました。
そのひとつが、累積債務の増加です。
足利市の借金にあたる市債(借入金)のうち、一般会計分の地方債残高は、ここ数年の歳出抑制の努力により、伸びが鈍化していますが、公共下水道事業分については、わずか5年で2倍に達しております。
結果的に、平成12年度末の段階で一般会計と特別会計を合わせた市債残高は、約1200億円を数えるに至りました。
企業の売上に相当する市の歳入トータルが約1000億円程度ですから、国からの交付税措置があり市の負担は実質軽減されるとはいえ、単純にみれば足利市は売上より借金が約2割も多い企業ともいえるわけです。
下水道事業は、本来受益者負担金や使用料によって収支が図られるべきにもかかわらず、収入におけるこれらの比率があまり伸びていません。
その分、税金でその赤字の穴埋めをすることになるのです。こうした状況は一刻も早く改めていく必要があります。
生活環境の改善や土地の価値の増加などを考えれば、下水道事業は合併浄化槽の導入と並んで必要なものではありますが、これらは財政が健全に運営されればこそできる話であります。
(6)景観条例の制定を
●風景が語るまち
河南地区にあるホテルの最上階のレストランから渡良瀬川をはさんで市内の中心部を眺めると、その美しさに圧倒されます。
足利はよく小京都といわれますが、特に河北地区は京都のように景観条例を整備して、魅力ある景観形成に努めるべきと思います。
具体的には、建物の高さはここまでといった一定の基準を設けた形にすることが望ましいのではないかと思います。

2、人が流れない足利(2005年)

「足利のどこが問題なんだと思う?」
ふと私の知人からそういう問いかけを受けたことがあります。
それに対して私は、「ひとことで言えば人が入れ替わらないところ。街全体が川の本流でなく、傍流どころか滞留になってしまっているところに問題の本質があります」と申し上げました。
過去を遡れば、足利が隆盛を極めていたときは、鎌倉時代にはばんな寺を中心に人が集い、室町時代には足利学校に学徒が学び、明治時代から昭和初期にかけては繊維で全国を席巻していたわけであります。
ところが今はどうでしょう。
人は流出する一方ではありませんか。
結果として、街に住むひとが固定してしまい往年の活力が失われてしまっているのです。
要するに早い話が、足利の抱える大きな問題として真っ先に浮かぶのが人口問題ということです。
足利市の人口は平成2年をピークにしてどんどんと減少傾向をたどっており、県内他市と比べましてもトップクラスの減少数です。このままで推移しますと、3、4年後には、人口が15万人台に減ってしまうことになります。
それでは困るのです。
理由は簡単です。益々お金が廻らなくなって、地域経済が悪化し、足利の活力が減退してしまうからです。
本市では平成2年から平成12年までの10年間で人口は5167人減っています。仮に少なく見積もって年間一人当たり50万円(月に4万円程度)市内で消費するとして計算すると、なんと10年前と比べて年間25億8350万円のお金が市内から無くなっているということになるのです。
これは市民の納めた地方税約209億円(平成12年度)の約12.4%になります。
重い数字です。
毎年毎年人口が減少し、借金の返済額が増え、自主財源が落ち込みつつある中で、足利市として今何をなすべきか。答えは自ずと明らかでしょう。
また、街は常に人が入れ替わってこそ、活力が創出されるものです。川の流れに例えるならば、川は流れてこそ清らかで健全な姿を保つのです。街も同じで、人が流れ入れ替わらなければ、社会の序列が固定されてしまい、その結果、癒着やなれあいそしてよそ者を排除し、内向き思考に陥るといったマイナス面ばかりが目立つようになってしまいます。
近在でいえば太田市や小山市そして伊勢崎市を見れば明らかです。人が増え、人が入れ替わることによって街の勢いを感じるではありませんか。
足利市も人が増え、入れ替わる仕掛け作りが急務です。
そこで、人口問題への取り組みとして、3つの視点から提案したいと思います。
(1)定住人口の増加策
●情報インフラの整備と地方分権(特に税制面)の推進をして、足利に本社(機能)の誘致を!
まず単純な疑問を呈しますが、なぜ企業の本社が東京になければならないのでしょうか?
一般的な企業の本社が東京に立地する理由は以下の3つです。
1. 国の権限を一手に牛耳っていた霞ヶ関や経済団体の本部がある。
2. 商法上、役員会議は全員出席が求められている等の理由で、アクセスのいい東京に立地せざるを得ない。
3. 人材が多い。
もしかすると、それに加えて東京に立地するのが経営者のプライドというのもあるかもしれません。
しかしながら、逆に言えばそうした点を解消し、東京に本社を立地させる必要性をなくせば、本社(機能)を地方に移転させることは十分に可能だと思います。
栃木県には「首都機能の移転」で相応に頑張っていただくとして、足利市はむしろ「本社(機能)の移転」というコンセプトで取り組んでみてはいかがでしょうか。
1. 地方分権を押し進めて地方税(固定資産税や市民税など)の税率を決定する裁量権を中央から地方へ移譲する。
これをするには先に成立した地方分権一括法では不十分
2. 光ファイバーをはじめとする情報インフラの整備
3. 商法を改正しテレビ会議で役員会議が成立するようにする
4. 接続通信料の低減
上記の課題が解決すれば、本社機能の誘致は夢物語ではなくなります。
(2)交流人口の増加策
次に、交流人口の増加策について申し述べたいと思います。
●西の太宰府天満宮、東の足利学校として広くPRを!
結論から先に言えば、足利学校を、西の太宰府天満宮に対比する形で、学問の府「合格祈願ー学業成就」のいわば拠り所として戦略的にPRしていくことができないか、前向きに検討するべきと申し上げたいのであります。
現在足利学校の参観者は、平成14年度が170,378人、平成15年度が168,174人、平成16年度が159,085人で、一番入場者数が多かった平成3年が695,506人であったことを考えると、結果として太平記ブームで訪れた観光客をリピーターとして再訪させることができなかった、訪れた人から派生する広がりがなかったという現実が浮かび上がってきます。
これまで古沢巌さんのコンサートなどで単発的に成功はおさめるものの、参観者数で見る限り、市の戦略プロジェクト「足利学校こだわりのまちづくり」で十分な成果がだされたとは残念ながら思えません。
そこで、学問の府「合格祈願ー学業成就」としての足利学校の積極的活用です。
実は、これは目新しいことではなく、既に行われていることであります。従って私のオリジナルではありません。私が申し上げたいのはこれをコンセプトにもっと行政が有効なプロデュースとPRをしていくべきだということです。
しかしながらこれまではどうも行政の足が重くなかなか前に進みませんでした。理由はあります。いわゆる政教分離の原則があり、行政が太宰府天満宮のような役割を担うことはできなかったからです。
それでも私は、知恵を出してそれを乗り越えてやるべきだと思いますし、やる価値はあると思います。
例えば、
1.「西の大宰府天満宮、東の足利学校」をコンセプトにして合格祈願を全面に打ち出す
2. このコンセプトを基にして観光協会との密接な連携と積極的なPR
3. 織姫神社や足利七福神めぐりとの連携
4. 教育関係者、とりわけ学習塾との連携
5. “せきてん”が行われる11月を合格祈願のための特別な月にして、様々なイベントを組入れる
というような考え方で、進めていってはどうでしょうか。
その結果、中心商店街を桁違いに人が回遊するようになり、賑わいが創出されていきます。そうすれば、いわゆる空き店舗も活用する人が出てくるでしょう。またそれに伴い、店舗同士が「よりよいものをより安く」提供していい意味での競争が始まります。
さらには、足利市立美術館に相田みつをさんの常設展を用意できれば、受験を控えたデリケートな受験生の心を和ますことにもなるでしょう。
相田みつをさんの功績を足利市として称えながら、受験生にも街にもプラスになる取り組み方は十分にできると思います。
そうした施策の相乗効果で、足利学校を中心にした魅力の創出を図ることが、足利市の中心商店街の賑わいを取り戻すことにつながるはずであります。
ですから、定住人口が減り、交流人口が減るなかで、それに歯止めをかけて足利を活性化させていくためには、足利学校を単なる遺跡にしないで、学問の府「合格祈願ー学業成就」の足利学校として大胆に活用していくことをもっと前向きに考えるべきではないかと思うのです。
 
 
●低山ハイクのメッカに!
次に足利市の自然を活かした誘客施策を考えてみたいと思います。
ご承知の通り、足利には低山里山のハイキングコースが数多くあります。主なものだけでも小俣の石尊山周辺、織姫山周辺、毛野の大坊山周辺、富田の大小山周辺と4つあります。いずれもそれぞれに魅力があり、低山ハイカーの心を和ませてくれます。とりわけ新緑や紅葉の季節が人気で、多くのハイカーを見かけることができます。
私も学生時代、社会人の山岳会に所属しており、谷川岳の衝立だろうと穂高の屏風だろうと初冬の富士山だろうと、若さに任せてチャレンジしていましたが、今やそんな気力がよみがえるものではなく、心静かにファミリー登山が私にとっては関の山です。
そういう私のような多少山登りをかじったものからみても、足利市の山並みは中高年を対象にした低山ハイクの対象として絶好の環境にあると思います。
例えば、通7丁目の切通しの上に、それを横切るようにつり橋を架けて足利公園をスタートして北へ向かい、つり橋を渡ってさらに北上し両崖山に至り、さらに北上して大岩山や行道山へ向かっても構いませんし、踵を返して織姫神社の方に戻ってくるようにコース設定を取ることができます。
いずれにしろそれぞれの方の体力に応じたコース選択が可能であり、新緑の季節や紅葉の季節は、格好の観光スポットになるに違いありません。
後はプロデュースをしっかりと行うことです。
それには市と市民そして観光業者の3者の協力が不可欠です。
市と業者はもちろんですが、市民にも協力願ってホスピタリティ(観光客やハイカーを心からもてなす気持ち)をこれまで以上に意識していただくようにすれば、必ずや誘客数が増加していくのではないかと思います。
そして、それらを他の観光資源(例えば足利七福神めぐり)と有機的に結びつけながら、首都圏のハイカーをターゲットに北関東随一のハイキングコースとして整備することできるのではないかと考えます。
 
 
●河南商業集積施設を中心にしたまちづくりTMOの活用
佐野にイオンとアウトレットモール、太田にもイオンが進出し、大規模な店舗同士の熾烈な競争が両毛地区でも始まりました。
それに伴い足利の河南地区の商業集積地域も、相当な影響が出ているようですが、この競争は今始まったばかりであり、まだ決着がついたわけではありません。まさにこれからが正念場です。
本市の河南地区の商業集積地域の購買力は、年商300億を軽く超えるものがあり、佐野や太田のそれと比べて引けをとるものではありません。つまり、佐野や太田の箱の大きさには面的な大きさで十分対抗できるだけの力は持っているのです。
従いまして、足利としては、面的な魅力をいかに創出するかという視点から、まちづくりを考えるべきなのです。
例えば、TMO(タウンマネジメントオーガニゼーション)という新しいまちづくりの手法を導入して、商工会議所などとともにトータルで一層の集客がはかれるまちなみの形成に取り組むべきと考えますそのためにも河南地区のTMO構想及びTMO計画の作成を検討するべきです。
(3) 少子化対策
わが国の人口の減少は急速に進む見込みです。
国立社会保障・人口問題研究所は、低位推計でも2050年の出生率を1.1と想定していますが、もっと低下するのではないかと危惧する声も根強くあります(東京都の出生率は既に1.0)。仮に1.1だとしても2050年の人口は9200万人と、2000年の1億2700万人から3500万人減少し、さらに 2100年には4500万人を割り込む見通しになっています。
人口の増減は、経済の成長を図る上で、最大の要因です。
従いまして、わが国の極めて優先順位の高い課題は、人口の増加策ということになります。
そこで、少子化について興味深い2つの背景と3つの対策について申し上げたいと思います。
●2つの背景
1. 共働きほど、出生率が高い
私は、専業主婦の家庭は共働きと比べて子育てにかける時間に余裕がありますから、当然専業主婦の家庭の方が出生率が高いと思っていましたが、どうもそうではないようです。
理由は色々とあるようですが、ひとことで言えば専業主婦の場合は年中子どもと一緒ですから育児疲れしてしまうので、さらに子どもを作るという意欲が比較上少なくなってしまうのではないかと考えられています。
 
欧米では保育施設の整備など、子育てに関する社会的な支援体制が整っていますから、共働きでも十分に子育てができ、そうした傾向は一層顕著なのだそうです。
 
2. マインド効果
これは人間の心理的な効果ということですが、子沢山の家庭が多いほどその地域での出生率があがるという傾向が現実に出ています。「お隣でも3人育てているから、我が家でも3人育てられるわね」ということでしょうか。
●少子化対策の施策として3つの対策
申し上げるまでもなく、将来の最大の不安要因である財政赤字や年金問題を解消するためにも、有効な少子化対策を講じなければなりません。
その意味で、国の施策の方向性を、子育ての環境整備にもっとシフトしていく必要があると思います。
子や孫にツケをまわさないという決意で、少子化問題にも真剣に取り組んでいかなければなりません。
そこで「少子化対策の施策として3つの提案」について少し詳しくお伝えします。
1. 地域における子育て支援
子ども家庭支援センター、学童保育、クラブ活動など
 
2. 職場の意識改革と制度の充実
育児休業制度、多様な働き方の実現
 
3. 社会保障・手当て・税制面での次世代支援
医療制度上の配慮・児童手当・税制控除
1. 地域における子育て支援
一般に就学前の児童であれば、保育園などの受け入れ施設があり、これを効率よく着実に増やすことによって、環境整備は進みます。
栃木県の場合、その世代よりはどちらかといえば、入学後の児童の放課後のケアを、もっとシステミックに行える仕組みが急務です。
例えば、子ども家庭支援センター、学童保育、民間主導のクラブ活動などの取り組みを検討もしくは充実させていくことが重要です。
いわゆる社会保障給付費に占める高齢者関係給付費と児童・家庭関係給付費の割合を調べてみますと、なんと68.1%対3.5%とのことです。欧米では後者の比率は10%に達しており、日本は少なすぎます。
その意味で、保育園から小中学校の子どもたちに至るまでの地域における子育て支援等に力を入れるべきです。
2. 職場の意識改革と制度の充実
これは特に男性・女性問わず育児休業の取得の難しさをどう克服していくかということにつきます。(女性の職場進出の機会拡大、育児休業制度の拡充、多様な働き方の実現など)
3. 親の自立、社会保障・手当て・税制面での次世代支援
●親の自立
茨城県の調査では、夜間の救急で運ばれる乳幼児の治療内容を詳細に調べたところ、9割は軽症で、その多くは治療の必要さえいらないというものだったそうです。
いわゆる核家族化の進展とともに、子育てをする親の子育てに関する知識不足故に、夜熱を出したり咳き込まれたりしたときに、不安になり病院に駆け込んでしまいたくなる気持ちはわかります。しかし、それにより、本当に必要な人が夜間の救急で治療を受けられなかったり、その処置が遅れてしまったりということにもなりかねないのです。またそのコストは医療費負担として、国民に重くのしかかってくることにもなるのです。
従いまして、日頃から親が子育てに関して、もっと勉強するべきなのです。まさに自立と自助の精神にのっとり、無駄な医療費を削減して、本当に必要な子育て支援の施策に予算を厚くするべきなのです。
●社会保障・手当て・税制面での次世代支援
また、税制の控除や児童手当の拡充もさらに検討するべきです。
自由主義社会とは、行政の関与をできるだけ減らすということであります。
つまり、税金をいっぱい集めてそれを分配するというのではなく、特に子育てをしている人には、例えば税制の控除を行って、差し引き親の手取りを増やすべきなのです。
その増えた部分の使用する選択権は、その方にあるわけで、それがまさに自由主義社会の自由度を広げることになるのです。
それを一律、税金を集めるだけ集めて乳幼児医療費のとめどない無料化レースに拍車をかけて、将来の増税=大きな政府を思考するより、よほど理想的な話ではないでしょうか。
とにもかくにも、将来の最大の不安要因である財政赤字や年金問題を解消するためにも、有効な少子化対策を講じなければなりません。
その意味で、国の施策の方向性を、子育ての環境整備にもっとシフトしていく必要があると思います。

1、足利の歴史(2005年)

「足利は歴史上3度天下を取ったことがある」という話を聞いたことはありませんか。
私は何度となく耳にしたことがあります。
一つ目はご存知足利尊氏の天下統一による室町幕府。
二つ目は、フランシスコザビエルが坂東の大学と欧州に紹介した日本最初の総合大学「足利学校」。
そして三つ目は明治時代の繊維生産高日本一。
この3つを指してよくそういう話をする方がおります。
今回は、足利の歴史を語ることが目的ではありませんが、古からの足利市の歴史を知り、先人のご努力に敬意を表しながら、現在進行形の歴史を作るという職務である政治を語る上で、欠かすことはできませんので、この3点について簡単に振り返ってみたいと思います。
まずは、足利氏についてであります。
足利という文字の由来を遡りますと、古くは足鏡という言葉から来ているようで、それがこの界隈の土地の名として定着したようです。ちなみに足利市の広報誌である「あしかがみ」はこの言葉から取ったとのことです。
その後、平安時代後期から次第に源氏が勃興し、その中で清和源氏の流れを汲む八幡太郎義家がいわゆる前九年の役、後三年の役に出陣した際に下野国足利郡界隈を通り、後に下野守となり足利の地に私領を有しました。
その後、義家の3男である義国が領した下野国足利郡を開発し、足利庄、梁田御厨として統治しました。そしてその子義康(義国2男)のときにこの土地の名である「足利」姓を名乗ったのが、いわゆる足利源氏の始まりであります。義康の3男義兼は、足利氏の菩提寺である鑁阿寺を創建した人物です。
源頼朝の母親と彼の母親は叔母と姪の関係で、また妻同士は姉妹ですので、頼朝とは非常に近い関係にあり、鎌倉時代の政に大きな影響を与えていました。
ちなみに鎌倉時代というくらいですから当時の建物は鎌倉に多く現存しているのではないかと思いがちですが、実は鎌倉には鎌倉時代の建物は全く残っていないのです。幾多の戦火などで全部焼かれてしまったそうです。従って、関東地区で現存しているのは鑁阿寺内の3つだけしかありません。
その3つとは、鐘桜、大御堂、不動尊です。これらは幸いにも800年間に渡り、戦火や落雷・火災から免れることができたのです。
さらに、鑁阿寺には一級品の宝物が揃っております。
例えば足利尊氏寄進の香炉、義満寄進の花瓶をはじめ重要文化財クラスの宝物は、数百のオーダーで保存されています。
少し話しが横道にそれてしまいましたが、ともあれ足利源氏は時の執権北条氏との関係を深めながらも、代々足利家を維持し続け、遂に義兼からかぞえて6代目となる足利尊氏によって、室町幕府が開かれることになるのです。
足利尊氏が室町幕府を開き、200年余に及ぶ足利時代を築いたことはわが国の歴史の中でも特出すべきものがあります。
こちらは今更説明するまでもありませんが、概略記しますと、「当初の名前は足利高氏と称し、鎌倉幕府の有力者であった。そして後醍醐天皇が倒幕の兵を上げると、足利尊氏や新田義貞らがそれに呼応して、鎌倉幕府をたおした。そして後醍醐天皇による建武の新政が行われることになった。しかしながらそれはそれまでの武士の慣習を無視していたため武士の不満と抵抗を引き起こすことになり、尊氏は武家政治を再興するべく、後醍醐天皇を吉野に追い(南朝)、光明天皇をたて(北朝)ついに征夷大将軍に任じられて、京都室町に幕府を開いた」ということになるかと思います。
ちなみに尊氏が足利に赴いたことがあるかどうかは、史実としての証拠は何も残っていませんが、普通に考えれば、先祖の地でもありますし鎌倉にはいたのですから、鎌倉街道を通じて何度も足利を訪れたのではないかと推察できます。
そして戦国時代には足利長尾氏、そして江戸時代は戸田氏という歴代の”藩主”に足利の治世のバトンが受け継がれていきました。
さて、足利学校につきましては、その起源について諸説ありまして、今のところの有力な説として、奈良時代の国学の遺制説、平安時代の小野篁(おののたかむら)説、鎌倉時代の足利義兼説などがありますが、その信憑性は現時点では確証できるものはありません。
また足利学校が歴史の表舞台にでるのは、関東管領上杉憲実(室町時代)によって現在国宝に指定されている書籍が寄進され、庠主(学長)制度を設けるなどして学校を中興したことによります。
憲実は、1439年、初代校長として、鎌倉円覚寺の僧「快元(かいげん)」を迎え、学校を整備しました。学校の管理は禅宗寺院にならって禅僧が行い、授業では易学を中心に、占星学、医学、兵法、論語、漢籍といずれも当時実用的に用いられた実践的な教育を行っていました。
そして、イエズス会の宣教師「フランシスコ=ザビエル」から「板東の大学(ばんどうのだいがく)」と称され、西洋にも紹介されるほど、隆盛を極めたのです。
いずれにしろ足利学校の起源につきましては、いまだ断定するまでにいたらず、なぞを残しており、逆にそれが興味をそそるわけですが、その先は後世の歴史家の研究に委ねるしかありません。
また、中世の足利学校は当時一説には3000人の学徒を集めていたということであり、その呼び声は天下に響き渡っており、戦国時代には徳川家康、毛利輝元、武田信玄をはじめ多くの武将が足利学校の卒業生に合戦の是非を占わせていたのです。
そして江戸時代にも徳川幕府の保護を得て継続し、明治維新後、1872年に校務を廃し、学校は蔵書とともに栃木県にひきつがれましたが、のち足利町に返却され、1903年には学校跡に足利学校遺跡図書館が開設され、現在にいたっています。
次に明治に入りまして、足利市は繊維で隆盛を極めました。特に明治時代には繊維の出荷高は全国一となり、織物のまち足利の面目を躍如したのであります。
そうした繊維産業華やかなりし頃の明治維新を経た草創期の足利市において、忽然と「文化普及、風教改善、社会事業等への翼賛貢献したるため」に誕生したのが、わが国初のNPOといっていい「足利友愛義団」でありました。時に明治25年のことであります。
その設立発起人のひとりが、足利銀行の創設者でもある荻野万太郎氏です。
その友愛義団についてでありますが、彼の著作である「適才回顧録」によりますと、足利友愛義団の事業として
1.災救済事業
2.徴兵送別ノ新例及ビ戦時ニ於ケル士気ノ鼓舞
3.出征軍人ノ慰問及ビ血兵品ノ寄贈
4.戦役記念ノ桜ト名蹟保存ノ提唱
5.社会矯風公娼廃止運動及ビ両毛青年大会
6.産業ノ開発ト経済思想ノ普及
7.英語学校ノ創立及ビ社会教育
8.徒弟慰労会ノ開設
9.与論ノ先駆ニシテ且ツ地方ニ於ケル社会事業ノ開祖
10.徒弟ノ教育―足利友愛義塾
の10項目を挙げています。
これを見れば、足利友愛義団の姿が一目瞭然でありますが、特に5と7と10は特出されるものであります。
5は申し上げるまでもなく、当時は東北地方では特に、生まれたばかりの子どもを間引いたり、女の子は人身売買をして赤線で働かせたりするのが日常茶飯事に行われておりました。
話はそれますが、あの2.26事件の背景には、青年将校たちの姉妹や従姉妹が身売りに出され、農村部では疲弊を極めて生きるか死ぬかの状況に追い詰められていることからくる財閥や政治家への反発が起こした事件ともいわれておりますが、その行為そのものは自己陶酔的で支持できるものではありません。
足利友愛義団におかれてはその事件の40年以上前から、その公娼問題を真正面から取り上げて、廃止運動を展開していたわけで、当時の時代背景を踏まえれば、その取り組みには感心させられます。まさに足利人の良識のなせるわざであり、わが国初のNPOであるという形容がぴたりとはまります。
7についても、これからは国際化の時代であり、外国との交流抜きには考えられないという視点から、英語教育の必要性を唱えられました。
それから110年も経った現代において、太田市が使えない英語を教える教育より使える英語教育をということで、国語と社会以外は全部英語を使う小中学校を開校するする運びとなり、それに触発される形で、足利でも英会話を教える授業を導入し始めましたが、それと比較すれば、友愛義団の先見性には驚かされるものがあります。
もちろん小さいころから英会話を教えることに関して色々な意見があることは承知しておりますが、是非論を言う前に私はそういう太田市のような取り組みは率直に評価したいと思います。選択肢を提供するということは様々に相対比較する上からも、関して前に、日本語をしっかりと教える必要があるという意見
また10につきましては、友愛義団設立以来110年の歴史を刻みながら、通5丁目の友愛幼稚園として脈々と受け継がれ、現在進行形で今に活かされています。
足利の繊維産業が隆盛を極めたおかげで、こうした世界に冠たる足利友愛義団を生み出せたということこそ、足利の3度目の天下取りとして、誇りうるものではないかともいえると思います。
こうして振り返りますと、かつての足利市はそれぞれの時代背景の中でそれぞれに魅力があり、鎌倉から室町にかけては武将が拠点を構え、そして同時期には足利学校に学徒が集い、そしてまた明治から昭和にかけては裸一貫で一旗挙げようと若者が夢を持って足利市を訪れてきたのです。
アメリカンドリームならぬ足利ドリームともいうべき時代が足利には確かにあったのです。
それが今ではどうでしょうか。
かつて繁栄した時代がうそのように、静まり返ってしまっているではありませんか。
いくらお祭りが成功しただの何だのと大本営発表のようにいっても、閑散とした商店街の姿が今の現状を雄弁に物語っています。
私は、是非ともかつての足利を今に復活させたいのです。そして足利のプライドを取り戻したいのです。
かつて全国にその名をとどろかせた足利の再興、これが今を生きる我々にかせられた大きな使命であると確信します。

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