選択の自由が幅広く保障されている社会、がんばった人が報われる社会、子供にツケを回さない社会、そして利他の精神を尊べる社会を目指して、大豆生田実は行動しています。

矢場川支部発足

2012年4月21日、小俣支部に引き続き矢場川支部後援会が発足しました。
ご参加頂いた皆様、そして、ここに至るまで大変なご尽力を賜りました、椎名照夫会長をはじめ関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

両毛新聞記事 20120421

全国市長会中国訪問記

21012年4月23日月曜日から28日土曜日まで、全国市長会中国訪問団の一員として北京、武漢、蘇州、上海の4市を視察してきました。

23日:羽田⇒北京(2018万人)
北京の交通渋滞は、まるでお盆の帰省ラッシュのよう。来るたびに激しくなっているような気がします。北京の高速道路網の整備等が経済発展に伴う自動車数の増加に追いついていかない状況が続いているようです。
また、建設ラッシュも相変わらず。先日、2012年4月13日、中国国家統計局より発表された中国第1四半期(1-3月)のGDPが8.1%増というのもうなずける気がします。

また、道路わきには「北京精神 愛国 包容 創新 厚徳」という官製看板が至る所に。いかにも社会主義国ならではのスローガンで、あえてこうしたことを書かなければならない理由があるのではないか、そんな視点で興味がわきました。

798芸術区視察:
1950年代に当時の東ドイツが建てた工場跡地が、芸術区として活用されていました。ここは若者に人気のスポットらしく、新郎新婦が記念写真を撮っている光景にも出くわしました。
また、表現の自由については、中国では過度な規制がかかっているという印象がありましたが、ご覧の写真のように毛沢東がコカコーラとからめてパロディ?化されているのには中国の社会環境の変化が着実に進んでいるという印象を受けます。
毛沢東とコカコーラ

自治体国際化協会(会長:麻生渡福岡県知事)北京事務所訪問:
この団体の正式名は、財団法人自治体国際化協会と称しまして「地方公共団体を主体とした地域の国際化推進事業の支援並びに諸外国における地方行財政制度及びその動向の調査研究等を行うとともに、地方公共団体の海外における国際化推進のための活動に対する支援等を行い、国際化に対応した地域社会の振興及び地方公共団体の人材の養成を図り、もって地方自治の発展に寄与すること」を目的に1988年に設立されました。

要するに自治体間の国際交流の一層の推進をはかるための支援機関といった位置づけのようですが、残念ながらこれまで自治体の長たる我々にこの団体の行っている情報があまり入ってきませんでした。
そこで、
「例えば北京事務所であれば、日中で友好都市を締結している日本の300を超える自治体に対して、メーリングリストを作って、北京で収集されている自治体交流に関する各種情報をタイムリーに発信してはどうか」
といった要望をしました。
せっかくこうした組織があるのですから、ぜひ日中友好の橋渡し役のひとつとしての役割をさらに果たして頂ければと思います。

在中国日本大使館表敬訪問:
丹羽大使と面会。

夕:釣魚台で中日友好協会主催の歓迎会。

24日:
中国国家地震緊急救援センター視察:
当施設は、北京から北に約2時間行ったところにありました。
中国の防災対策としては、2000年の「全国防震減災工作会議」において、地震観測・予報、震災防御、応急救援能力の強化を地震防災分野の主要3大任務に掲げ、2004年10月に国内外の応急救援技術の研究、人員の訓練を担う中国地震応急捜救センター(NERSS)を設立、2006年10月には地震防災にかかる取り組みの強化を国家の重要施策の一つとして明確に位置付け、中国初の総合防災計画「国家防震減災計画(2006-2020)」の発布、2008年末に「防震減災法」の改正を行う等法制度面の整備を含め体制整備が行われています。

ご存じの通り、2008年に四川省で大震災が発生しましたが、それ以前から中国でも地震対策は重要な課題となっていたようです。
また、防災対策の具体的なスキルの面では、日本のノウハウが活かされていまして、東京消防庁の職員が3年間の予定で指導者として赴任されていました。

25日:北京⇒武漢(910万人)
武漢市人民政府表敬訪問:
我々を迎えた武漢市副市長は、1965年7月生まれとのことで、私とは同年代。1000万都市の副市長として、活力が漲った様子が印象的でした。武漢は教育の街としても知られており、中国の有名大学が立地して学生がとても多く、彼はその中で最も有名な武漢大学の出身だそうです。

また武漢は、長江を泳いで渡った毛沢東が再起を期した場所として有名だそうで、そのときのことを後に毛沢東が詩に表現しており、その中に孔子の一節「子在川上曰、逝者如斯夫、不舎昼夜」が引用されていました。
これは、「孔子は川のほとりに立って言われた。歳月はちょうどこの水のようなものだ。昼も夜も休むことなく流れ続ける」という意味ですが、ちょうど鴨長明の方丈記を彷彿させます。論語は、日中問わず、後世に多大な影響を及ぼしているということを改めて感じました。

昼:武漢市人民政府主催歓迎会

湖北省地震局表敬訪問:
24時間体制で地震監視体制が取られているということが目を引きました。

北京しかり、湖北省しかり、日本に比べれば地震の少ない中国で地震対策に相当な力を注いでいるのですから、日本ではより一層の防災対策がなされてしかるべきという感想を持ちました。

湖北省環境省表敬訪問:
省としての環境政策全般の管理部門なので、日本の都道府県と同様、全体を統括しているという印象です。

26日:武漢⇒蘇州(624万人)
蘇州ゴミ焼却施設(光大環保能源有限公司)視察:
本社は香港で、香港市場に上場。いわゆるグリーンビジネス全般を展開。創立は2004年。
当施設のゴミ処理量は2012年現在2500t/日(蘇州全体のゴミ排出量は4000t/日)。今後、3550t/日の処理が可能になる設備増強を行う予定。技術はベルギーから、管理ノウハウは日本からとのこと。
ちなみに足利市の焼却施設は、160t/日のゴミ処理を行っています。

またここでは発電も行っていて、1日当たり920MWhの発電能力があるということです。その内、82%は売電、18%は自工場で消費されています。
これほどのゴミ処理能力と発電能力を兼ね備えた施設を私は見たことがありません。

ともあれ、社会主義国であるにもかかわらず、現在日本で進められつつあるPPP的な手法を取り入れた民間活力の導入によるゴミ処理施設の整備等が、中国では既に大規模な形でなされているという点が特筆されます。

光大環保能源有限公司

蘇州災害時避難施設視察:
蘇州では街の中に広大な公園があり、そこが災害時の避難場所が指定されていました。

夕:蘇州市人民政府主催歓迎会

27日:蘇州⇒上海(1412万人)
久保田農機有限公司視察
日系企業であるクボタの中国子会社を視察。
中国の農業政策として、特に田植えの機械化を進めており、それに連動する形で、クボタはじめ日本の農機具メーカーのシェアが広がっています。
特にクボタは、中国では稲の刈り取りを業とする専門集団がおり、その集団の移動と共に、部品の供給について遅れることなく供給する体制を整えたことによって信頼を獲得し、その分野のシェアを60%に伸ばすことができたそうです。
中国の農業生産効率は今後益々高まるでしょうし、一層の効率化に向けて日本企業の関与する余地はまだまだありそうです。

夕:上海市人民政府主催歓迎会

28日:上海⇒羽田

今回の4都市を回っただけでも、今後、日中間の関係は益々重要性が増し密接になっていくということが容易に想像できました。その意味では、政治的にギクシャクした部分もありますが、まずは子ども達の交流や経済連携等を市としてもサポートしながら、未来を見据えた友好的パートナーとして日中両国が良好な関係を築くことが極めて大事だということを痛感した視察となりました。

参加市長は以下の通りです。
団長:森民夫長岡市長
団員:高橋定敏留萌市長
団員:三木正夫須坂市長
団員:神谷学安城市長
団員:中村慎司紀之川市長
団員:西岡憲康備前市長
団員:新貝正勝中津市長
団員:大豆生田実足利市長

下野新聞記事 20120511

下野新聞記事 20120413

「公共施設の屋根貸しで太陽光パネル」構想を発表

本日、公共施設の屋根をメガソーラー業者に貸し出して、太陽光パネルを設置し賃料を得る全国初の構想を発表しました。

東京新聞1面記事 20120421

下野新聞記事 20120421

毎日新聞記事 20120424

読売新聞記事 20120424

足利市経済活性化諮問会議中間答申

本日(平成24年4月6日)、足利市経済活性化諮問委員会(会長:林明夫開倫塾社長)から中間答申を頂きました。

足利市経済活性化諮問会議中間答申

なんと613にも上る具体的な提言が記されています。

早速、ひとつひとつ実現可能なところから積み重ねてまいります。

ここに至るまで、林会長はじめ委員の皆様には大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。最終答申に向けさらなるお力添えをよろしくお願い申し上げます。

足利市経済活性化諮問会議中間答申

下野新聞記事 20120407

東京新聞記事 20120407

産経新聞記事 20120408

足利義兼の出家の意味

今日の産経新聞「決断の日本史」で、足利氏の氏寺「鑁阿寺」の創建者足利義兼のことが紹介されていました。
なるほど義兼出家の意味がわかった気がしています。

産経新聞20120403

また、記事にはありませんが、義兼は1199年3月8日に足利市樺崎寺(法界寺)で死去しており、生入定であったとも伝えられています。頼朝は1199年1月13日に死去してますから、時期的に見て、頼朝の門葉(=一族)として忠義を尽くしてきた義兼が後に続いたという説は肯けるものがあります。

全国論語研究会発足

現在足利市では、全ての小中学校での論語素読や、全国論語素読大会など、論語を活用した様々な取り組みを進めています。
申し上げるまでもなく、論語は二千五百年以上にもわたって多くの人々に読み継がれてきたものであり、人間が生きる上で身に着けておくべき大事なことを教えてくれているものだからです。
そこで、足利学校において論語の一層の普及を図るべく、この度(平成24年3月17日)全国論語研究会を立ち上げました。

詳細は足利市ホ-ムページをご覧ください。

全国論語研究会01

全国論語研究会02

足利市は地震に強い地盤

今日の下野新聞に、独立行政法人「防災科学技術研究所」がホームページに「地震ハザードステーション」を公開しているという記事がありました。

そこで早速ホームページを見てみますと、以下のようなJ-SHIS MAP図が表示されていました。
30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図
これは、30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図です。

足利市は確率が3%以下です。
いかに地震に強い地盤であるかが伺えます。

そういえば、胡椒などの香辛料で有名なギャバンという会社が、独自の調査で足利市は地震に強い街だと評価し、数年前に他県から移転してきたという話を聞いたことがありますが、まさにそれが裏付けられたことになります。

今後、こうしたデータを踏まえ、「地震に強い街、足利」をひとつの大きな売りにして、企業誘致等に活かしていきたいと思います。

平成24年節分鎧年越

今年も盛大に足利に春を呼ぶ伝統行事『節分鎧年越』(せつぶんよろいとしこし)が行なわれました。
鎌倉時代中期、足利泰氏(あしかがやすうじ=足利氏4代当主で足利尊氏は泰氏の直系子孫、1216~1270年)が坂東武者500騎を鑁阿寺(ばんなじ)南大門に勢揃いさせたという故事にちなんだ足利市の冬を彩る古式豊かな伝統行事です。
江戸後期から明治時代にかけて一時途絶えましたが、大正2年に復活し、現在に至っています。
足利節分鎧年越01

足利節分鎧年越02

足利学校参観者倍増計画キックオフ

本日、足利学校参観者倍増計画のキックオフ式を行いました。

この計画は、平成23年の参観者数約16万人を基点に毎年10%づつ増やして8年後に32万人にしようとするものです。

これから担当職員らと力を合わせ、足利学校のもつポテンシャルを活かしながら鋭意取り組んでまいります。

足利学校参観者倍増計画キックオフ式

国民健康保険税減税(対象:加入世帯の約97%)議案可決

本日、平成23年度12月議会最終日。
来年度(平成24年4月1日)から足利市国民健康保険税を減税する(加入世帯の約97%)議案を承認頂きました。
対象は、おおよそ所得が500万円以下の世帯になります。
国保税率の引き下げ、つまり減税は(私の知る限り)足利市の歴史では初めてとなります。

これにより1億2千万円規模の税収減が見込まれますが、行政としての業務改善努力(収納率向上、各種検診事業、多受診の指導、ジェネリックの利用促進等)でカバーしていきます。

また、同時に賦課限度額の引き上げ(69万円から74万円)をしますので、恐縮ですがおおよそ500万円以上の世帯ではさらなる負担をお願いする場合があります。

毎日新聞 20111124記事

下野新聞、東京新聞 20111123記事

朝日新聞 20111125記事

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