足利市には21世紀の堀田捨吉が必要です:2006年4月24日街頭演説

投稿者: | 2006年4月24日

戦後、足利市が繊維で隆盛を極めた時代の象徴がトリコット団地でありました。
今やそのトリコット団地は見る影もなく、大型のショッピングセンターが軒を連ね趣が全く変わってしまいました。

当時、撚糸などの技術開発でトップを走っていたのが堀田産業で、その創業者が福井県から単身来られた堀田捨吉さんという方でした。
自ら開発した技術特許を武器に足利のトリコットを牽引していました。

今や半世紀が過ぎ、その会社も株主が入れ変わり、様々な変節をたどっているようですが、
当時のトリコット関係者で誰が今の足利を想像できたでしょうか。

時は21世紀となり、足利では繊維のセの字くらいしか耳にしなくなり、世の中の動きは一段を激しさを増してきています。
なんともいえない、何か取り残されてしまったような危機感を覚えるのは私だけではないと思います。

とりたてて基幹産業のないこの足利に往時の隆盛を取り戻すためには、もっと大胆な取り組みが必須です。
たとえば、IT産業に目を向けてみます。
この業界のいいところは、誰でもどこでもすぐにでも始められるところです。
その分、年を経るごとに競争が激しくなってきていますが、市場が広がっているのですからこれからの可能性は益々大きいものがあります。
この分野で市場を引っ張っているのは、関西などを中心にしたエリアであり、特に北関東地域はこの分野での目立った企業が少なく、
どちらかといえば負け組みに近いような状況です。
足利市も例外ではありません。IT系で、勢いのある会社を探すのが難しいほどです。
足利市は面積の半分が山に囲まれ、真ん中を川が流れ、南の田圃は優良農地となると、ほとんど開発用地は残されていないわけですから、
いつでもどこでも誰でもできるこのITを絡めて、産業育成するというのはとても大事な切り口です。
かつて繊維業界に颯爽と現れた堀田捨吉さんのような人を足利の中でどんどんと輩出させることができれば、新しい市場が広がるのです。
そのためにも、よそ者や新しいものを遠ざけることなく、どんどんと受け入れ育てていく土壌を作ることが大事です。

私でさえ、落選以降、自らを奮い立たせてIT企業を立ち上げ、少しづつではありますが軌道に載せてきているのです。
他の方でできないはずがありません。
現状に甘んじたり、あきらめたりせず、「意志あるところに道は開ける」という気概で、
ITに限らず起業する人がどんどんと増えていくような街に是非ともしていきたいものです。

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