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時代の流れ:2007年11月26日街頭演説

mamyu
政治とは何ですか?と聞かれ、「歴史を作る仕事です」と応えた人がいます。
私もそう思います。
だからこそ、政治に少しでも携わるものは特に時代の流れに敏感になっていないといけないのです。
では政治に求められている今の時代の流れとは何でしょうか?
防衛省の次官の問題のように自分だけ甘い汁を吸うという未だに蔓延しているろくでもない既得権益の構図を断ち切り、将来にツケを回さない日本のためにも地域のためにもなる構造改革を成し遂げていくことだと思います。
もちろん多くの若い政治家はそういう趣旨で訴えています。
しかし、なのです。
こういうことを語った人がいます。
「政治家の本質を見るならば、票にならないことをどこまで本気でしているかでわかる」
その意味では、私も最近思い当たるところがありました。
票には全くならないけれども国民にとってはとても大事な問題を複数の若い国政関係者に示してみたところ、マスコミなどでは正論を語っている彼らの誰一人として関心を示しませんでした。
結局話をしていて、それは自分の票にならないことだからという本音が私には透けて見えた気がします。
その時、ちょっとこれからの日本の国は厳しいなと感じざるを得ませんでした。
絢爛豪華な大徳川展をみればわかりますが、戦国時代の当時はゼロサムの世界なわけで、まさに自分らだけ、自分らの一族だけの世界でした。
明治維新の時代でも、同様に私腹を肥やす政治家がいました。
そして現代でも、人間の本質は一向に変わらないと思わされる事件が頻発しております。
いつの時代でも人間の性は同じことを繰り返しています。
しかし”時代の流れ”としてこれからも繰り返し続けていいのでしょうか。
今日の日経新聞に、住田裕子弁護士が性悪説にたった政治の制度作りをと提言されていて大変興味深いものがありました。
「国会議員はひとつの地盤には6年」
「党による転勤制度を」
「世襲による地盤引継ぎは禁止」
「政治家はIQではなくEQ」
「経済界、政界、官界、学会の垣根を越えた人材流動化を進めるべき」
「いま政治家を目指すのは準一流が多い」
「政党は人材選択眼を磨け」
「資質に問題のある政治家を政界から排除するシステム」
などなどいい所を突いています。
要するにこれからの時代、どうしたら自分の損得勘定を抜きに身を捨てることができる政治家が現れるか、そしてそうした政治家が現れやすい環境をいかに整えていくかということです。
それはもちろん有権者の方との共同作業で整えていくしかありません。
自治会長に頼まれたからとか、宴会に毎回参加しているからとか、自分らのスポーツチームの冠になってくれているからなんて理由で政治家を支持するのではなく、構造改革をし世界に冠たる人材の育成をしていかなければ、世界との競争に遅れをとってしまいかねないという時代認識を持ち、この”時代の流れ”をさらに後押しして、次の世代に誇れる”日本の歴史”にしていくために、ともに汗を流して行きたいものです。

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