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足利義兼の出家の意味

今日の産経新聞「決断の日本史」で、足利氏の氏寺「鑁阿寺」の創建者足利義兼のことが紹介されていました。
なるほど義兼出家の意味がわかった気がしています。

産経新聞20120403

また、記事にはありませんが、義兼は1199年3月8日に足利市樺崎寺(法界寺)で死去しており、生入定であったとも伝えられています。頼朝は1199年1月13日に死去してますから、時期的に見て、頼朝の門葉(=一族)として忠義を尽くしてきた義兼が後に続いたという説は肯けるものがあります。