Home > 3月 20th, 2011

アエラを見てびっくり

この国は、言論の自由が保障されています。
ですから、時の権力者を道化師に見立てて辛辣に批判することも自由です。

しかしながら、その自由には責任が伴うという基本的なことを影響力のあるマスコミが忘れ去ってしまっているようでは困ります。

つまり、自由な報道は裏づけされた確固たるデータや取材を踏まえてなされるべきなのはもちろんですが、さらにそれを言葉にする場合、していい事と、してはならない事の分別がつかなければならないはずです。

その意味で、今回のAERAは問題です。
アエラ
表紙がいきなり「放射能がくる」ですから。
国民の不安心理を煽り購読数を増やそうという商魂が透けて見えます。これは、明らかに許容範囲を超えています。
そもそも放射能とはくるものではなく、放射線を出す能力のことで言葉の定義も間違っています。そんなことはお構いなしにインパクトねらいで売れればいいという姿勢はいただけません。
別な大手週刊誌でも「東日本大震災原発溶融戦慄の放射能汚染」「首都圏メルトダウン」というおどろおどろしい表現をしていました。
本当に、勘弁してほしいし、被災者の方の身にもなって考えてもらいたいものです。

それに比べて、不思議なほど週間ポストが輝いて見えます。
週間ポスト

こうしたアエラのような報道姿勢は、自由な社会だからこそと達観すればそれまでですが、私にはこれは自由な社会という体が引き起こした一種の成人病とも見れます。その意味で、こうした度を越したマスコミの姿勢を適正な状態に戻すためのカロリーコントロールをマスコミ自身ができないのであれば、社会の良識でするべきなのではないか、そういう思いを込めてあえて苦言を呈しました。