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霞が関文学:2009年9月28日街頭演説

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政界には霞が関文学なるものがある。
これは、政治家が官僚に使いこなされてきた象徴ともいえる日本語のことだ。
例えば、「天下り根絶」。
当然国民は大賛成なので、政治家から官僚にそれを進めるための指示が出される。
しかし、である。
官僚はそれを「天下り問題の根絶」と書き変えてしまう。
「天下り根絶」と「天下り問題の根絶」。
うっかりすると気づかずに見過ごしてしまいかねないが、意味は全く異なる。
「天下り根絶」とは文字通り、天下りを全く認めないという意味。
「天下り問題の根絶」とは、天下りによって生じる様々な問題を根絶するという意味になり、天下りを認めるのが前提になっている。
同様に、「完全民営化」と「完全に民営化」も霞が関文学では意味が違う。
そもそもこんな姑息なことに優秀な官僚があくせくしていること自体が国家的な損失なのだ。
国益とはなんであるのか。
それを官僚にわからせるのも鳩山政権の使命のひとつではないだろうか。