Home > 11月 26th, 2008

日本人の美徳

日本人の美徳のひとつとして「ご恩返し」という言葉がある。
お世話になった方に、いずれ出世したときに頂いたご恩をお返しするというものだ。
特に政治家は、陰に陽に自分でも把握できないほどの方々にお世話になっているわけだから、常に感謝の気持ちを忘れてはならないものだ。
そして直接的に頂いたご恩を返せないとしても、広い視点でためになる政治を実現することによって恩返しをしようというのが、一般的な良識ある政治家の価値判断だ。
少なくとも、対案ならともかくお世話になった方への非難を公言すべきではない。
しかし、である。
今日の下野新聞にはこういう記事があった。
下野新聞20081126
一体なんんなのだろうか。
私は2度戦ったからよくわかっているが、この人は自民党と公明党と労働組合の支援を受けなければ選挙が戦えなかったのは、ほとんどの市民が承知していることではないか。
そこまで言うなら書かざるを得ないが、一昨日のブログで記した現職の後援会の大幹部は私に「3年半前の市長選は、選挙期間中毎日世論調査をし終盤追い上げられ負ける可能性がでてきたので、最後に組織をまとめそのおかげで僅差で勝てた」とまで語っているのだ。
そのまさにお世話になった組織を持つ2つの政党が進めようとしている定額給付を”最低の政治”とのたまっているのには参った。失笑を禁じえない。
これでは、「恩をあだで返す」ではないか。
少なくとも私のような伝統的日本人の美徳に著しく反する。
また、日本人の美徳として「立つ鳥跡を濁さず」という言葉もある。
この記事によれば、現職は来年度の予算編成に言及し、なんと予算をいじるなという注文までつけている。
政治は常に変革の繰り返しなのだ。
良いものは継続し、ダメなものは速やかに改める。いうまでもなくこれが民主主義の常道だ。
自分の個人的な欲望として、変えないでほしいということはあったとしても、引退後にまで影響力を残そうという発想が古めかしい。
そもそも、引退する立場の首長は来年度予算を暫定にして退くのが次に続くものへの礼儀でもあり美徳でもあろう。
もっと心おだやかに”名市長”で有終の美を飾るにはどうしたらいいか。それをお考えになる方が、晩節を汚さずにいいのではと老婆心ながら申し上げたい。