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環境(増)税や福祉目的(増)税ではなく:2008年6月30日街頭演説

街頭演説
最近、全国的に環境税が導入されたり、福祉目的税なるものが取りざたされたりしています。
環境問題や福祉の問題は、現在進行形の重要テーマですから、
「それに使うのだから文句ないでしょ」
という感じで、国や自治体は増税をして自らの権限を肥大させようとする傾向があります。
誰も反対できないのをいいことに。
この問題の根深さに政治家は気がつかなければなりません。
要するに一度始まると止めるのはとても難しいのです。
昭和40年代のガソリン税導入の時もそうでした。車がもっと走りやすい道路に予算をつけるというのは時代の要請として必要なことだという空気が支配的だったわけです。
そもそも、環境問題に取り組むのに何でもかんでも官がやらなければならないのでしょうか。
そんなことはありません。
例えば、CWニコルさんは、新潟県の黒姫界隈の森林保護にボランティアでかかわり見事に再生されておられます(彼は英国の女王陛下から、日本の森を美しくしてくれてありがとうという意味を含めた勲章まで受けられているのです)。
そして、その活動に寄附をされている日本人がいるのも私は知っています。
しかし日本の場合、その寄附に対する所得控除(減税)が十分に確立されていませんので、寄附制度そのものが十分な広がりを持ちえていません。
また、福祉についても同じ様なことがいえます。
ある街の役所の福祉担当者の親が福祉施設の入居が必要な状態になったときに、その職員がまず入所の相談に行ったのは、社会福祉法人が運営をしている老人福祉施設ではなく、株式会社が経営をしている老人福祉施設の方だったという笑うに笑えない話があります。
もちろんこれが全てにいえるわけではありませんが、環境にしても福祉にしても民間活力の導入をもっと制度として考える必要があるように思えます。
官が自分達の権力を肥大化させることを自己目的化したような、環境増税や福祉目的増税はこの国のためになるのかどうか。
むしろ、寄附した人に対して所得控除のような形で減税をする環境減税や福祉減税を考えるべきではないでしょうか。

限りある資源を有効にではなく:2008年6月23日街頭演説

街頭演説
環境問題を語るときに、以前は「限りある資源を有効に」という言葉がよく使われていた。もちろん背景には、石油資源の枯渇などが懸念されていることがある。
しかしながらこれからはその言い方も変えていくべきだろう。
「限りない資源を有効に」と。
例えば、トヨタのプラグインハイブリッドのように、太陽光で発電された家庭用の電源から電気自動車の電気を充電して走れるようになれば、まさに太陽という限りない資源の有効活用が出来るようになるわけで、将来への希望がわく。
一昨日のエントリー「雑草からできれば最高だ」の雑草の有効活用も話は同じ。
今は単に目障りで衛生的にもよくないので、道端や川の堤防の雑草を刈りゴミとして処分しているが、資源という風に見ることができれば、おそらく劇的に街の光景が変わっていくのではないか。
日本のそうした技術に期待をしたい。

今日の渡良瀬川:2008年6月23日

渡良瀬川

梅雨らしい日々が続いています。昨日の雨で少し水かさもあるようです。

雑草からできれば最高だ

バイオエタノール記事
とうもろこしやサトウキビという人間の食料からガソリンに代わる燃料(バイオエタノール)を抽出するというのは元来無理がある話だ。
それでも今回のガソリン燃料の高騰もあいまって、バイオエタノールの生産は増えているそうだ。
ブッシュにいたっては、「オイルマネーを持っている人より、自国でとうもろこしを作っている人のほうが好きだ」と開き直って、とうもろこしによるバイオエタノール生産を奨励している始末。
そんなニュースを見るにつれ、なんでとうもろこしやサトウキビでなくてはならないのだろうと単純な疑問があった。もっと道端の雑草などが活用できれば、全て解決するではないか!っと。
そんな矢先、今日のニュースで「非食料バイオ燃料量産」という記事がでていた。
まさに我が意を得たり!、ということで思わずブログに載せてしまった。
これからの時代、地球温暖化が声高に叫ばれる中で、地下の資源(石油、石炭等)をあてにするのではなく、地上の資源(太陽光、風、波、地熱等)をうまく活用する知恵を生み出していかなければならないのは明らか。
そのための取り組みとして大いに期待したい。
がんばれ出光、三菱商事。
そうしたすばらしい環境保護への取り組みをしている企業がある中で、環境保護団体を自称しているグリーンピースとやらは一体なんなのか。
人のものを盗んで平気で開き直っているとは。
ホームページを見たら、堂々と「鯨肉(ウネス)ひと箱、証拠品として東京地検へ――グリーンピース、検察の調査に協力」と書いている。これは組織ぐるみの犯行だと自ら宣言しているようなものではないか。あきれた話だ。
司直の厳正な対応を待ちたい。
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下水道も値上げ?2008年6月16日街頭演説

街頭演説
6月市議会で、下水道事業のことが取り上げられた。
市議会議員さんから聞いたところによると、市の財政健全化計画の中で来年(平成21年度)の予定としては、下水道事業で約3億円の増収を見込んでおり、その大半は料金値上げによるものだろうとのこと。
ゴミ袋の有料化による市民の負担増。
国民健康保険税の増税による負担増。
そして
下水道料金の値上げによる負担増。
下水道事業に関しては、そもそもの事業の見通しの甘さがこうした事態を招いてしまっているのだ。
財政が行き詰ってきたからといって、増税や料金値上げの負担増をするというのはあまりにも安易な選択だ。
その前に、やるべきことがある。
はっきり言える事は、過去から回されたツケを背負って我々はこの街で生活しなければならないということだ。
そのツケを次の世代に回さないためにも、責任世代にはよほどの決意が必要だ。
それを再度自覚することから、はじめてみようと思う。

続、過ちては則ち改むるに憚ることなかれ

人は、にわかに信じられないことに遭遇すると、絶句することがある。
そしてその度が過ぎると、気持ちを押し殺すため笑みさえこぼれることがあるという。
今日の両毛新聞では、そんな感じさえ受けた。
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赤線の部分、斉藤市議がゴミ袋の有料化に関して今後の対応を質問され、それに対し市当局は「3年後に制度の見直しをしたい」と正式に答えている。
「3年後では遅すぎる。市民の生活が何にもわかっていない」
そう感じたのは私だけではないと思う。
まあこれは悪い冗談だろうと達観すれば腹も立たないが、どうも真面目に応えているようなのでブログでも真面目に取り上げてみたい。
最近は、こちらが聞くまでもなく市内で知人と行き会えば「ごみ袋が10枚600円とは!なんでこんなに高いんだ。」という話からはじまる。
また以前書いた通り、早くも色んな弊害が出ているのだ。
しかも、1年後は市長選があり、既に「新人同士の本命なき混戦」が予想されているわけで、そこで誰が市長になろうとも新しい市長は必ずこの問題を見直すことになるのは明らか。
元来、この問題は争点になるようなものではなく、この6月議会で簡単に見直すことができる話なのだ。
足利学校を世界遺産にするものいいが、足利学校の根幹をなす論語の「過ちては則ち改むるに憚ることなかれ」という言葉をもっと真摯そして謙虚に受け止めてはどうか。

続、今日の両毛新聞:2008年6月11日

昨日の両毛新聞では人口減少傾向に歯止めがかからない現状を知ることができたが、今日の両毛新聞では著しい雇用の減少が数字としてはっきりとわかる。
平成18年度の本市の事業所数は9,023事業所、従業者数は66,592人。
前回平成13年の調査と比べると事業所数では1,288事業所減少(12.5%減)、従業者数では4,483人減少。
人がいなくなるわけだ。こんなに雇用が落ち込んでいるのだから。
調査した年から2年経過しているので、今の状況はもっと悪くなっているだろう。。。
そんなことを考えていたら急に私と同世代もしくは後輩の人たちにメッセージを書きたくなった。
「特に、責任世代の人たちへ」
そろそろ声を上げようではないか。
我々の子供達のために。
誇れる未来を渡していくために。
どう考えたって、このままのやり方で足利の3大問題(人口の減少・雇用の減少・税収の減少)に歯止めがかけられるわけがない。
我々責任世代が立ち上がらなければ手遅れになってしまう。
それは、みんな気がつき始めているじゃないか。
人間誰しも横道にそれることもある。
そしてそれを修正する能力もある。
街も同じ。
だから今が踏ん張りどころのような気がする。
そのためには、政治を軽んじてはいけない。
全ては政治から始まるのだ。
政治にかかわることはそんなに難しいことでも、手間のかかることでもない。
選挙に行くだけでいい。
そうすれば、そこから新しい全てが始まる。
今日も、子供の寝顔が静かに訴えている”言葉”に私は耳を傾けている。

(さらに…)

今日の両毛新聞:2008年6月10日

今日の両毛新聞に、足利市の人口と世帯数の動態に関する記事が掲載されていた。
「もう15万8千人を下回っていたのか」
これが率直な感想だ。
今年1月1日現在157,793人で、前年対比793人減とのこと。1日に2人強が足利からいなくなっているという計算になる。
10年以上前になるが、私が市議の時には足利はすでに人口が減少する局面に陥っており、その原因は出生と死亡の差し引きの自然減なのか、転入と転出の差し引きの社会減なのか議員調査で調べたことがあった。
結果、人口減少の主な要因は自然減よりも社会減が大きく影響していることが明らかになってショックを受けたのを覚えている。
「要するに職がないのだ。。。」
おそらく、この急激な人口減少の理由は、今でも社会減が大きく影響しているのではないだろうか。
人口が減り、税収が減り、雇用が減る中で、政治が相も変わらず過去の成功体験から脱せずにこれまでと同じやり方をしているようでは未来が開けようはずがないのは誰の目にも明らか。
両毛新聞としても、この記事が掲載された今日の同じ紙面で、新聞社の主張として以下のようなコラムを載せているのは偶然ではないように思う。
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国会議員来訪:2008年6月9日街頭演説

街頭演説
昨日の日曜日、旧知の国会議員が私の自宅を訪ねてきた。
国会でも要職につかれている方なのに、こっちが恐縮してしまったが、久しぶりの再開に話もはずみ、おかげさまで永田町の現況も色々と知ることができた。
また、国会内での人知れずに積み重ねておられるご苦労がなんとなくわかった気がする。そうしたことはおそらく同じ立場の国会議員には言えない(言わない)ことなのだろう。
そして国会の仕組みを聞けば聞くほど、国会も県会も市会も予算規模の多寡などの違いはあっても根は同じで手間ひまのかかることこの上ない。特に国会は規模が大きい分やたらと負担がかかるようだ。
これが人類が行き着いた民主主義というシステムのなのだから仕方ないし、時間と労力とお金がかかるのは折込積みと達観しなければならない部分もある。
ともあれ、その民主主義のシステムをベースにいくらかでも政治の意思決定を効率的にする工夫はできようというものだ。
例えば、国政では衆議院と参議院が選挙制度等似たような形でいつまでも並存している必要があるのかどうか。少なくとも現状は「第一院と同じ結論を第二院がするならば第二院は不要だし、第一院と違う結論を第二院がするならば第二院は有害にしかならない」という言葉を超えるものになっていないのだから。
例えば、衆議院と参議院の役回りを根本的に見直すとか、一院制にするとか、徹底した議論が必要ではないか。
都道府県のあり方も、速やかに道州制の導入に移行すべきだし、それに伴いさらなる市町村の合併も避けられる話ではない。
いずれにしろ、こうしたことに加え、年金制度や医療制度そして税制など郵政民営化以上の大きな課題がこれから目白押しであり、政治家の蛮勇を鼓舞する英断と有権者の冷静な判断が”責任”を伴って求められる世の中になってきていることだけは間違いない。

(さらに…)

今日の渡良瀬川:2008年6月9日

渡良瀬川
梅雨の時期の典型的などんよりした天気です。
それでも渡良瀬川は趣があります。

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