Home > 3月, 2007

選挙になぜネットが活用できない?

ついに都道府県議会議員選挙も始まりましたね。

今回、自分が立候補するわけではないので、選挙法がどこまで改正されたのか精緻なチェックをしていませんでしたが、内心では
(当然のことながら)今回の選挙からネット解禁(選挙中もネットが使えるように)するものと思っていました。

ところが、です。
驚いたことに、今回もネット解禁せずでした。。。

理由は、ブログなどに誹謗中傷がエントリーされると、選挙事務所がその対応で時間を取られてしまうから、だそうです。

総務省は何をトンチンカンな話をしているのでしょうか。
時代の流れをもっと考えるべきでしょう。

ここで、「電話作戦」と「ネット解禁」を比べてみたいと思います。

通常の選挙では、「電話作戦」と称して、選挙事務所から電話帳を見ながら、一軒一軒ランダムに電話をかけ続けるということが、
期間中延々と行われます。

電話を取って、いきなり「何々候補をよろしくお願いします!」「あと一歩、あと一息です!」などといわれたところで、
無党派的な普通の人は興ざめしてしまうのです。
もっとも大事な「何をしたいのか」というところが伝わらないからです。
しかも大変な電話料金がかかります。

しかしながら、皆それは承知の上で、選挙の時は有権者の方との接点を少しでも持とうという一心でひたすら「電話作戦」をしてしまうのです。

それと比べれば、ネットは電話と比べて安上がりですし、わかりやすく記載すれば、「何をしたいのか」
ということをしっかりと有権者の方に伝えることができます。さらに、ブログを活用すれば、タイムリーに自分の言葉を発信することもでき、
政策本位で選ぶ人の関心を引くのに有効です。

ネットだと誹謗中傷がうんぬんなんていいますのは、ネット解禁すれば生じるのではなく、
すでに掲示板等で盛んに行われているではありませんか。私の例を見るまでもなく。

従って、これを理由にネット解禁しないのは、理由になりません。

むしろしっかりとネット解禁し、立候補の届出と同時に候補者のオフィシャルなサイトを指定してネット解禁し、候補者が
「何をしたいのか」をより訴えやすい環境が作れれば、選挙のあり方も大きく変わって来るのではないかと思います。

そのためであれば、選挙期間中だけ役所のホームページともリンクしてもいいではありませんか。

電話作戦とネット解禁。


有権者も、電話による押し付け的な一票よりは、政策を理解した上での納得の一票を入れることを基本的には望んでおられるはずです。
その意味で、どちらが有権者に受け入れられやすいものかは、もはや申し上げるまでもないでしょう。

本当にネット解禁が待ち遠しい(^^)

選挙の争点4:2007年3月26日街頭演説

以前あまりにも少ない市議立候補予定数について取り上げました。定数28に候補者30ですから二人しか落選しないのです。

発掘できなかったお前の責任だという声も聞こえてきそうですが。。。

足利もかつては、定数36に候補者71名という時期もありました。昭和50年のことであったと思います。当時は、まだ足利の景気もよくそういう時代背景が、定数の倍近い数の候補者ということになったのでしょう。負のスパイラルに入り込むと、人の心まで落ち込んで日々の仕事に精一杯、選挙どころではないという心理になってしまうのでしょうか。

今回の選挙では、候補者それぞれの足利をこうしたいという夢を聞きたいものです。市民が希望を持てるような。

今日の渡良瀬川(2007年3月26日)

今日の渡良瀬川(2007年3月26日)

川砂利の運搬もひと段落ついたようですね。

選挙の争点3:2007年3月19日街頭演説

教育問題を「指導者の育成」という視点から眺めてみたいと思います。

スポーツで見るとわかりやすいのですが、
例えば、今年の高校サーカー大会で優勝したのは盛岡商、その前の年は八洲高校。いずれも地方の県立高校です。足利からも原裕美子さんというマラソンの期待の星がでましたね。

そこには、いい指導者がいました。

そういう意味では、可能性のある子供は全国どこにでもいるのです。
問題は、その子供の可能性を引き出す、指導者の能力をどのようにして引き出すかということなのです。

残念ながら、今の教員の要請過程でこの部分が足らないのです。教育委員会は。
せっかく原さんを育てた指導者がいらっしゃるのですから、学べることは沢山あるはずです。

そして、それが本当に活かされた時というのは、地元出身者だけで全国大会優勝した時でしょうかね。
そんな夢を見ています。

もちろん、教育問題はこれに限りません。
いじめ問題はどうするのか等々、議員の主張によく耳を傾けてみたいと思います。

植村直己さんの番組

植村さんの偉業は数々ありますが、私は、アマゾン川いかだ下りと日本列島徒歩縦断がとても印象に残っています。

植村さんの影響もあり、私も学生時代は、冒険に無性にあこがれる時期がありました。
山もやりました。山で死にそうになったことも3回ありました。運がよかったので今生きてますけど。。。(^^;)
その意味では今日の番組は、昔の自分を思い出すいいひと時となりました。

私の場合、今は冒険の質が変わってしまって、政治を、これまでのしがらみ組織選挙ルートでではなく、つけ回しをさせない改革ルートから頂上を目指すべく登山を続けているといったところでしょうか。


植村さんは番組の中でこうも語っておられました。
「やってみないのに、だめというのは絶対にいけない」
「自分で精一杯やったなと思えればそれでいいのではないか」

毎月恒例のトイレ掃除

トイレ掃除

みなさんお疲れ様でした。

ここで、掃除に学ぶということについて記してみたいと思います。

この掃除に学ぶ会の創立者は、イエローハットの創業者である鍵山秀三郎さん。

かれこれ50年以上もトイレ掃除をされている方です。しかも素手で。

最初は、会社のトイレを社長自らなさっていたそうで、それが10年、20年と経つうちに従業員さんもそれにならい、さらに社外の方もそれに触発される形でトイレ掃除を始めるようになったとのことで、今やその会員数は10万人を越えたそうです。

俗に言う「トイレ掃除ブーム」。。。だそうです。
こんなことにブームが起きるなんて、鍵山さんは全く想像もしてなかったことでしょう(^^)

それゆえ、トイレを素手で掃除をするのは、傷がある場合雑菌が入ってよくない等という、当たり前のことを非難めいて語る論調も雑誌に出てきたりして、なんだか喧しいですが、こういう人には是非素手で掃除をしていただきたいものです。

ちょうど、街頭演説をしているのを、したり顔で街頭演説なんてしても意味がないと言う政治関係者と論理的には同じ構図ですな。

 


この掃除の効用を鍵山さんは5つ指摘されています。要約しますと、

1、心をみがく
具体的に心をみがくはできないから、便器を通して自分の心をみがくことができる

2、謙虚な人になれる
トイレ掃除をすることによって、人は謙虚な人間になることができる

3、気づく人になれる
トイレ掃除をすることによって、ごく小さな無駄でも気づく人になれる

4、感謝の心が芽生える
トイレ掃除をすることによって、小さなことにも感謝できる感受性を豊かにすることができる。

5、感動の心を育む
トイレがきれいになった時の感動が、感動の心を育む。

ということです。
たかが掃除、されど掃除、です。

私は、その掃除がこれまでよくできてなかったので、はじめました。
納得できるところまで、自分のために続けてみるつもりです。

皆さん同じ疑問をもっているんですね2。


また両毛新聞に、例の足利市みどりと文化・スポーツ財団の基金損失問題に関して納得できない市のさらなる説明責任を求めるという趣旨の寄稿が3月13日付け両毛新聞に掲載されています。この件では3人目の寄稿です。

おもしろい中吊り広告

mamyu
京都駅の電車内でサントリー伊右衛門茶のおもしろい広告を見つけました。布地に造花を使っています。凝ってますねー。思わずカシャッ!

選挙の争点2:2007年3月12日街頭演説


今回は競馬場跡地への日赤移転問題についてです。こどもにツケを回さないためにどうすればいいか、ぜひ候補者の主張に耳を傾けましょう。

これは何をしているのでしょうか?


渡良瀬川の砂を取って、競馬場跡地に運んでいるように思えるのですが。そうであればうまいこと考えたものです。

Next »

1 / 212