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続、足利の外郭団体(足利市みどりと文化・スポーツ財団)の不祥事


先週はこの件で動きがありましたので、取り上げました。

大田区産業プラザ

大田区産業プラザ

今日はIT勉強会で蒲田に来ています。こちらが産業プラザの写真です。静電気がびしびし来そうな無機質な建物ですな。
Smile

まちづくり!:2006年11月6日街頭演説


マラソンを通じたまちづくりをテーマに交流人口増加策について考えてみました。

足利尊氏公マラソン大会

足利尊氏公マラソン大会

足利尊氏公マラソン大会

有森裕子さんは、すばらしいランナーですね。10km走り終わった後も、今度はトラックを逆走して、他のランナーを励まし続けたり、サイン会や抽選会でも手抜きは一切なし。一流の選手は一流の人間であるということがよくわかりました。ありがとうございます。


今年は過去最大の三千二百人が参加しての大会となりました。足利青年会議所の皆様をはじめ関係者の皆様お疲れさまです。私は今年も貴重品預り係です(^^)。

陽明学

陽明学の先生のお話を聞く機会があった。
先生はお会いして早々に、私の名刺に記されている「「大豆生田」の「豆」のマークはどういう意味があるのか?」とたずねられた。
私は「大豆生田の豆を取ったロゴマークです」とお答えしたが、どうやら先生は違う答えを待っていたようだ。
先日、漢字研究の権威である立命館大学の白川先生が、お亡くなりになったが、その方の記された「漢字三部作」が今日のセミナーのテーマのひとつになっていたようで、先生は「豆」をはじめとして私の名前の漢字一字一字の意味をそういう辞典でよく調べて、自らに与えられた進むべき道を理解した方がいいという趣旨の話をされた。
ちなみに豆の字は、穀物などを供える足の長いお皿が元だそうだ。 どうやら、漢字には神が宿っているといわれるほど、神秘的なものがあるらしい。 そもそも漢字の起源とはどうなっているのだろうか? 象形文字と一口に言われるが、そのまた起源は一体なんなのだろうか? 漢字に限らず文字がどのように成立したのか、その歴史を遡るのも面白い気がする。
ちょっと話がそれてしまったが、江戸時代の藩政改革では上杉鷹山がつとに有名だが、山田方谷という人もそれに劣らず偉大な成果を挙げている。彼は江戸末期、備中松山藩を改革し、10万両の負債から10万両の蓄財に8年間で成功したとのこと。そして彼の思想的なベースは陽明学であったとのこと。

また桐生です。

まずは先日のITのセミナーの話から。
「feedはネットの血液だ」とか
「ブログの時代は終わった」とか
「RSSバーチカルだ!」とか
なんとも耳新しい言葉が飛び交って、ITの先駆者達が熱心に語る姿に、日本の未来が見えた気がした。

その中で、いわゆる76世代(1976年生まれの30歳前後の世代がITを牽引しているのでこう呼ばれている)のひとりの語る話に私は引き込まれた。それは一番話が具体的でわかりやすかったということと、なんとその彼は隣の桐生出身だったからだ。 ちなみに、その彼が経営しているネット上の旅行総合案内会社は、少し前に大手のネット通販企業に全株売却して、現在はそこの完全子会社となった形で経営に携わっているとのこと。人の話によると、その全株売却により、彼は30歳にして途方もない財産を手に入れてたとのことだ。 わかりやすく言えば、一代でしかもその若さでIT長者。しかも桐生出身。

そういえば以前、桐生という街について記した事がある。
昔は、足利同様織物で栄え、その後は小倉クラッチやミツバ電気、そしてパチンコの平和、サンキョウ、ソフィアなどなど錚々たる企業が輩出され、それに続いて、最近では不動産競売物件の販売会社が上場を果たし、銀だこのホットランドやビックリドンキーやプリオパレスなども健闘しているといったことを書いた。
そして最近ではIT長者まで生まれた。

それと比べて、旧桐生市の1.5倍の人口のある足利市。
かつては織物やトリコットで一世風靡したこともあったが、その後は桐生にはまったく及ばない。
付け加えると、桐生は数年前甲子園でも優勝した。スポーツでもまたしかり。

どうしてしまったのだろう。
要するに私は足利のことがとても心配なのだ。
そろそろ、足利のこと本音で話した方がいいですよ。

(さらに…)

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