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東京都議会議員選挙!:2009年7月13日街頭演説

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いやはや民主党がここまでいくとは!
各党の議席は、
○民主54 ○自民38 ○公明23 ○共産8 ○生活者ネット2 ○民主系無所属1 ○その他無所属1
となった。
また、昨日の奈良市長選挙でも33歳の新人候補が、当選を果たしている。
以前にも記したが、今年の政治情勢は93年のそれにとても似てきた。
時代が変わるとはこういうことなのだろう。
その変化を正面から受け止めて、流れを引き寄せたものが次の時代を創っていくことになる。

市役所の対応がよくなった!!!!!

最近、市民の方からありがたいことに
「市役所の対応がよくなった」
と言われる。
それも一度や二度ではない。
はじめは「えっ!本当ですか?」と聞き返してしまった。
なぜなら役所の窓口業務の応対方法についてまだ具体的な改善の指示は出していないからだ(現在特に取り組んでいるのは平日の月曜から金曜まで午後7時までの窓口時間延長)。
にもかかわらず、市民の方から見て明らかによくなったという評価がでているというのは特筆すべきことだ。
昨日の両毛新聞にもそれと関連する記事が掲載されていた。
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要するに職員の意識が自発的に変わってきたということだろう。
別にお世辞を言うわけではないが、市の職員は優秀な人が多い。
時代が変わってきているのだから自分らも変わらなければならないということがわかっている。
例えば、ゴミの収集業務や給食業務そして保育園業務。
私は既にそれぞれの業務について民営化を進める方針を打ち出しているが、それを踏まえ、ではそのためにどのような計画でそれを進めていくべきかという視点で、前向きな議論をして頂ける。
それと同様に、窓口業務についても、午後7時までの窓口時間延長をするという方針を踏まえ、窓口の職員の意識が前向きな姿勢となって表れているということではないかと思う。
ある職員から直接聞いた話だが、最初は
「(私のことを)とんでもないのが市役所に乗り込んで来た」
と思われていたようだが、実際話をしてみて
「思ったより、まともな人だ」
という感じになっていただけたようだ(^^)
まあ人間の先入観というのは恐いもんで、それを素直に語っていただけたということは、色眼鏡が外れたということだろう。
いずれにしろ足利市民に評価いただけるような足利市役所であり続けるために、そして職員のやる気を最大限引き出すために、何をすべきか。
それを自分の中で問い続けていきたい。

童門冬二さん講演

「日本人の知の遺産 足利学校」と題して作家の童門冬二さんにご講演をいただいた。
足利学校付近は、中世以降一種の聖地(サンクチュアリ)であったのではないかという童門さんのご指摘はなるほどと思えるところがあった。
実際、鎌倉時代の建造物が関東地方で残っているのは足利市しかない(つまり足利市は鎌倉以降、戦乱の影響をほとんど受けていないということになる)。
確かに、戦国時代上杉謙信が関東管領となって関東平野に足を踏み入れた時も、小俣の鶏足寺や佐野の唐沢山そして大平山付近には攻め込んでいるが、足利学校やばんな寺にはそうはしていない。また、北条氏の覇権が及んだ時も足利学校は保護されている。
また、”足利学校は足利義兼の創建ではないか”という持論を語っておられたが、私もそう思う。それに関連して足利市教育委員会では未解明のばんな寺の古文書などを現在調査しているので、そこから新しい発見があるかもしれない。楽しみだ。
さらに、足利学校で教えられていた論語の”恕”も紹介されていた。
これは論語の衛霊公に記されている孔子とその弟子の顔淵との会話だ。私もよく引用することがある。
子貢問曰、有一言而可以終身行之者乎、
子曰、其恕乎、己所不欲、勿施於人
子貢問うて曰く、「一言にしてもって終身これを行なうべきものありや」、
子曰く、「それ恕か、己の欲せざるところは、人に施すなかれ」
要約すると、
子貢が「一生を通じて、守らなければならないものは一言でいうと何か」と問うと、
孔子は「それは恕だ。自分が望まないことは、きっと他人も望まないことであるから、他人に向かって実行してはいけない」と応えた、という意味になる。
これは横文字でいえば、ボランティア精神になるし、仏教(天台宗)で言えば利他の精神ということになる。
この”恕”という言葉は計らずもこの6月議会で私が取り上げた言葉でもある。
いずれにしろ童門さんはこの言葉を好んで使われているようで、とても共感を覚えた。

水防訓練:2009年7月6日街頭演説

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5日朝8時より渡良瀬川河川敷にて水防訓練。
市内19の消防分団の方々の力強い訓練の様子に意を強くする。
また、婦人防火クラブの方々も炊き出しで参画され、おいしいおにぎりとトン汁をいただいた。
訓練と観閲終了後、足利市の水防管理者として、訓示を申し上げた。
その中で、どうしても語っておきたかったことがひとつあった。
それは中橋の架け替えの件。
訓練の会場は、渡良瀬橋と中橋の間の河川敷で土手には想定水位のラインが貼られているが、それを東西にたどると、渡良瀬橋も中橋も取り付き部分がその想定よりも下回っている。
特に中橋は直接ご覧いただければ一目瞭然だ。
その意味では、市民の生命・財産を守るために、中橋の架け替えは避けて通れない。
もちろんこれまでも市議会で議論があったが、最近では滞ってしまったところがある。それだけ簡単にはいかない案件だということだと思うが、やはり一度整理してきちんと議論する必要がある。
昨日はそのことを団員の方にもお伝えしたく、訓示として申し上げた。
消防団そして婦人防火クラブの方をはじめ関係者のみなさん、お疲れ様でした( _ _ )
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(さらに…)

自治体の政治力が試される時代:2009年6月29日街頭演説

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「私を自民党の総裁候補としてお戦いになるおつもりはおありでしょうか?」
自民党の選挙責任者の古賀氏が、宮崎県の東国原知事を訪問して次期衆議院選挙の出馬を促した際に、知事が発した言葉だ。
これはなんとも慇懃無礼な発言だ。
昨日のテレビでも
「地方分権が大事で、国の役割は防衛省と総務省があればいい」
というようなよくわからないことも語っていた。
発言があまりにも軽いと言わざるを得ない。
それでも地方分権の必要性は私も感じている。
例えば、
国交省の公共事業の事業費を算出する基準単価が民間の相場に比べて高い。
しかし国が決めたことなので、それに準じなければならないというのが現実。
であるならば、予定価格と最低落札価格(もしくは積算単価)を自治体の実勢に合わせて柔軟に設定できるように地方に権限を委譲すべきではないのか。
そうすれば以前より申し上げている通り、市民・行政・業界の3方良しとなるはず。
さらには公務員の待遇は、労働3権(団結権、団体交渉権、争議権)の内、団体交渉権と争議権が制約されている分、給料などの人件費は国の人事院勧告や県の人事委員会からの勧告に拠っているため自治体が独自に給料制度などに手をつけることは難しい環境にある。
その意味では、団体交渉権と(市民生活に密着した消防などを除いた)争議権を認めて、自治体が独自に給料表などを組合側と交渉の上、合理的に変更することができるようにすれば、首長にとっても公務員にとっても望ましい形になるのではないだろうか。
いずれにしろ、地方分権によって自治体の裁量が増えれば、まさに”自治体の政治力”が大きく試されることになる。
その意味では、選ばれる政治家にも選ぶ市民にも覚悟が求められる時代になってきた。

足利学校参観者400万人達成!

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平成2年12月10日の足利学校リニューアルオープン以来、参観者が遂に400万人になりました。
400万人目のラッキーな方は、神奈川県からお越しくださった高橋さん。
御両親とフィアンセの方と4人で足利に来られたそうです。
結婚も間近に控えていることのことで喜びもひとしおでした。
二重におめでとうございます!

6月議会:足利市議会始まって以来の結果!?

まず、市長給料30%カットについて。
先の総務企画常任委員会で、市長給料30%カットの議案が否決されたことはすでに報告した。
そして今日の議会最終日。
なんと、常任委員会での否決を覆し、賛成が多数(14対12)となった。
議会事務局によると、委員会で否決された議案が、本会議で可決されたのは、足利市議会史上初めてとのこと。
これは議会が活性化してきている証左ともいえるかもしれない。
ともあれ、おかげさまでこれで改革を断行しやすい環境が整った(^^)
次に、副市長2人制を1人制にする議案が上程され可決されたことについて。
そもそも今年度予算には副市長2人制の枠があったので、当初より私は2人制で政権構想を描いていた。
しかしながら、本日の6月議会最終日に急きょ上程された”副市長を2人制ではなく1人制にするという議案”が可決されてしまった。
私の政権構想くらい聞いてくれてもいいのでは?と言いたくもなるが、決まったことなので仕方ない。
これまでの構想を一旦白紙に戻して練り直さなければならなくなった。
副市長人事という、ことは人の名誉にも関わることなので、新たなる構想をいつ議会に上程できるか今のところ見通しを示すことはできないが、いずれにしろ議会の同意が得られるような人選をしたいと思う。

あの時(93年)に似てきた:2009年6月22日街頭演説

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今年に入り、いわゆる無党派層の選挙参画により、これまでの常識では考えられないような選挙結果が生じている。松坂市長選、名古屋市長選、さいたま市長選、千葉市長選などなど(もちろん足利市長選挙も)。
93年のあの新党ブームで細川連立政権が誕生した時に似てきたように思う。
あの年も都議会議員選挙があった。
その都議選では、なんと衆議院選挙にも当選できるだけの票を集めトップ当選した日本新党公認の新人候補がいた。その人は選挙前に急きょ立候補を表明し、ほとんど選挙運動らしい運動をしていなかったにもかかわらずにトップ当選したのでマスコミは大騒ぎ、政界には激震が走ったのをよく覚えている。
私にとっても、93年は政界への転身を決意する転機の年となった。
あれから16年。
ここで自民党が踏んばるのか、民主党が政権交代するのか、新たな新党が一翼を担うのか、それはわからないが、古い政治を変えなければならないという胎動が始まったのは間違いない。

菅家さん、お帰りなさい

午後2時、菅家さんが市長室にお越しになった。
私は「足利市を代表して心から歓迎します」と申し上げた。
そして、市として市営住宅のあっせんと来年の4月よりスクールバスの運転手としての仕事等の用意があることもお伝えした。
菅家さんはとても喜んでくださった。本当に気持ちがこもっていた。
何かこちらまで目頭が熱くなった。
これからこの足利の地で心穏やかに過ごしていただけるよう市としてできるだけのサポートをしていきたい。
そして、菅家さんを最初から支えてくださった西巻糸子さん。
あなたの地道な活動が菅家さんを救いました。
時代の空気に流されない真実を見極める能力、そして10数年に渡り菅家さんを励まし続けた粘り強い努力。
とても真似できるものではありません。
佐藤弁護士も語っていましたが、”あなたは足利市の良心”です。
ありがとうございます。
それにしてもその佐藤弁護士はよくしゃべる人だ(^^)
それは足利事件とは関係ないだろうということまで(_ _)
弁護士とはこうでなくてはならないものかもしれないが、やはりこの方の貢献も特筆すべきものがある。
菅家さん、いつでもお待ちしています!

給料30%カット、否決!

今日の総務企画常任委員会。
市長の給料を30%カッする議案を上程した。
しかしながら、議員からは市長の給料30%カットだけではなく副市長人事と特別秘書のあり方も一緒に議論するべきだ、従って保留という意味での反対という意志が表明され、採決を取った結果、3対2で否決されてしまった。
残念だ。
この結果を受け、最終日に本会議で全議員により再度審議されることになるので、その帰趨を見守りたい。

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